荒耶の瞳はとても深く、とても深くて沈んでいきそうになる。
 魂も、精神も、肉体も、そのすべてが、身じろぎひとつできない深いところまで引きずり込まれて、囚われそうになる。

「知りたいか――蒼崎」

 低く錆を含んだ声。

「えぇぜひとも」
「……」
「……」
「起源を認識し、覚醒した者は、起源に囚われる」

 荒耶の胸が熱い。ゆっくりと大きくなり、そして小さくなる。
 生きている――そのぬくもりがただただ恋しかった。

「蒼崎、何を求める」

ぴくり

 躰がその言葉に反応する。魔術師として問いかける、命題。

「――――真を」
「何処に求める」
「――――わたしの技に」

 そして彼は胸によりかかっていたわたしを起こし、見つめる。
 その深い漆黒の瞳で――。

「何処を目指す」
「――――わたしを」

 沈黙。
 遠くに聞こえる夜鷹の声。
 静かな夜。
 街灯はついていて、窓からその灯りは差し込んでくるけれども、人の声ひとつ聞こえない。
 まるで――まるですべての人が死に絶えてしまったかのよう。
 今この世界に存在するのは、荒耶宗蓮という男と蒼崎橙子という女だけ、たった二人の魔術師だけのよう。

「ではさらに問おう、蒼崎」
「……」
「それは起源が覚醒して目指せるのか?」

 ――――――――――…………あぁ。

 魂からの声。
 虚ろに響くくせになんて胸を締め付ける声。

「無理だ、あぁそうだ荒耶。無理だ」

 目の前にいる孤独な魔術師を視る。
 黒一色で染め上げられた、まるで鋼のような意志の塊のような男。
 絶望しながらも渇望し続ける、狂気そのもの。
 魂も精神も、それらすべてが概念として固形化してしまった男。

「しかし、それでもなお、荒耶、お前は「 」を目指すのであろう?」
「無論」

 男は微動だにせず、頷く。
 なんて――なんて酷く、優しいエゴイスト。
 わたしには起源を教えずに、ただ自分の起源を見つめ、それでいてなおそれを乗り越え、ただただひたすらに目的にむかって邁進する魂と死の蒐集家。
 酷いと思うくせに、この男の深い絶望と孤独と渇望に触れてしまった。
 躰が熱くなる。
 心も、精神も、それらすべてが熱くなる。
 熱い震えが全身を揺さぶる。

「……なぜ泣く」
「うるさい」

 そういって顔をふたたび荒耶の厚い胸に埋めた。

「女が泣いているのならば、そのような無粋な声のかけ方をしない方がいいぞ」
「……そうか」

 そうして荒耶の手がわたしに巻き付き、やさしく抱きしめてくれる。
 荒耶の心臓の鼓動がなんとやさしい。
 暖かく、ポカポカな陽の光の下で微睡んでいるよう。
 そのくせ躰の奥は熱くくすぶっていた。
 わたしは荒耶の顔に近づく。
 荒耶は瞬きひとつせずに視ている。見つめている。
 その漆黒の瞳は、揺るぎなく――。
 わたしは、その唇に自分のを重ねる。
 その漆黒の瞳の中にわたしの髑髏を視たような気が――した。
















 まだ数回しか経験したことがないその行為はわたしにはまだ苦痛で、身をよじってたくさん抵抗した。抵抗したくなかったのだが、彼の侵入とともに躰を割かれるような痛みが、全身を駆け抜けた。
 その痛みは最初の時よりかは軽いものであったが、苦痛であることには変わらず、つい腰をひいて、ずるずると逃げてしまった。
 ただ……未だ慣れない女の苦痛の奥に何か不思議な、気怠い火のようなものが点いた思いがした。
 気怠く燻るような、チリチリと神経を灼き焦がすような火が……。
















 独特の疲労とまったりとした怠惰、そして満ち足りたかのような感情。
 それらにわたしは、わたしたちは包まれていた。

「なぁ荒耶」
「……」

 こうなっても荒耶は変わりない。
 しかし荒耶の肌をそっとなでる。
 たった一回で、ここまで近く親しいものになる。
 なんて弱いんだろうと自嘲する。
 英国という地でたぶん気弱になっていたのだろう。
 わかっている。そんなことはわかっているのに、荒耶によりかかってしまっていた。

「わたしの研究の成果を見せよう」

 その言葉にはじめて視線が動く。
 今さっきまでの男の目ではなく、魔術師の目。荒耶宗蓮という男の目だった。

 こんな男に寄りかかるなんて――。

 また自嘲してしまう。

 なんて――――不覚。

 でもその不覚さがとても愛おしく感じられた。
 はじめて、橙子という女に向かい合えた気がした。
 集中する。
 魔術回路が働く。視界にはアストラルに焼きついた青色のルーン。それをなぞる。とたん、アストラル側から物理世界へ浸食が行われて、世界法則が少しだけ歪む。
 閉ざされた空間がひらき、そこに――『人間』がいた。
 アルバも花瓶をおいてわたしの寝室を見張るまではよかったが、ここまで検知することはできないだろう。

「――見事だ」

 素直な賞賛の声がくすぐったい。
 まだ何か入っているようなこじ開けられたような感触が残っていたが、それさえも愛おしい。
 ――回数重ねれば、この痛覚もやがて目も眩むような悦楽にかわるのだろう。
 そんな確信めいたものを抱いていた。

◇     ◇     ◇

 わたしはこのころから希代の魔術師として知られるようになっていた。
 そうなると忙しくもなる。
 自分の目的、すなわち叡智へと邁進する存在であるはずの魔術師が別用で忙しくなる。
 おもしろい矛盾である。
 わたしの名があがり、東洋の地からきた魔女の技が素晴らしいと知ると、まわりがほおっておこないのだ。
 今までマイナーであったルーンもわたしが解析した資料、考え出した修得方法、そしてより大きな効果を得られるためのブーストの仕方などがわたしの秘技だと知ると、それを会得したいと考える者が増えるということだ。
 ひとつはわたしに師事をこう者。まったくのど素人からルーン研究者まで、わたしを第一人者として認め、師事を仰ぎたいうわけだ。しかしわたしは断り続けた。わたしは確かにルーンの第一人者として認められていた。学院に提出したルーンによるアストラル変化、物理世界への干渉という論文はわたしが思った以上の評価を受けた。しかしわたしは人形師を目指してきたのだ。今現在、他の者に教授している時間などない。
 もうひとつはもっとやっかいな連中で、研究をかすめとろうというハイエナたちである。自分達の目的を取り間違えた愚かな三流以下の魔術師たち。――いや魔術師ですらない。
 自分をさらなる高みへと思うのは魔術師でなくても当然ある欲求だが、それはあくまで自分の手腕でなければ意味がない。それこそ魔術師が魔術師である所以だというのに。山を登るのにヘリコプターでいきなり頂上に着陸するようなものだ。山を登る、というのが目的であったはずなのに、いつの間にか頂上にたどり着けばいいと思い違いをしているヤカラ。
 まったく救いがたい愚か者だった。
 その点、アルバは腕前は三流以下で古典主義というか過去に拘りすぎるが、きちんとした魔術師だった。
 わたしの研究を「見よう」とまではするが「盗もう」とまでははしない。逆にことある事に工房に訪れ、自分の研究成果を声高々に披露していく。そういう意味では彼は「魔術師」だった。

「おはよう、アオザキ」

 そう陽気に入ってくる。
 わたしは今は人形の制作。といっても魔術的なものではなく、表向きの一般用の作品。ひさびさにインスピレーションがわいた。

「アオザキ、これはおみやげだ」

 わたしが無視して仕事を進めていると、少し情けないような声で話しかけてくる。
 前あれだけの嫉妬と羨望をみせたが、それきちんと隠し応対するその克己心は褒めておこう。
 ちらり、と盗み見ると、今度はスイートピー。しかもピンク。甘く芳醇な香りが工房に広がるのはいいが、こいつが持ってきたことについ笑いにも似たため息が漏れてしまう。
 今度わたしからペペロミアでも送ったらこいつはどんな顔をするだろうか? とちょっと意地悪いことを考えてしまう。
 何の断りもなしに椅子に座る。
 わたしは気にせず、人形を制作する。今は服をきせていないで骨格的な間違いを犯していないかを確認する。体として不自然なところがあるとそれだけで作品は台無しだ。たとえそれを服を着せたり、物を持たせたりして誤魔化しても無駄。絵ならばデッサンの狂いを逆に迫力あるものにしてしまう技法があるが、立体物では一方的な視点からの構図でしか成り立たない。それは一種の絵画だ。立体物である以上全方位から見られてもよいものでなくてはならない。
 首から肩、胸から腰、そして脚から爪先へと流れる曲線美を構成する。
 そう美だ。足裏の皺ひとつ矛盾しない存在。今作成しているのは座っていて腰をひねってこちらを見ている人形だが、腰を据えた位置から、胸、肩、頭へと上へむかっていくたびに捻りが強くなっていく。それが不自然であってはならない。またそれでいて優雅でなくてはならない。

「……」

 視線がきまったら眼球を制作する。 好奇心に満ちた目。こちらへと問いかけを放っているような目。少し潤んだ漢字にして、照明のあたり具合によってはきらきらとした、と表現されるような瞳になるだろう。たった位置からみて、ちょうど良い視線の投げかけとする。

「……」

 髪は振り向いているため散る。一部は髪と同じ細さの針金を用い、浮遊感を出す。振り向いたというその一瞬を永続させるために。

「……アオザキ!」

 ようやく声がした方を向く。アルバがやれやれといった表情を浮かべていた。

「……ああ、いたのか?」
「あぁ! いたのか? だって、アオザキ。君の信奉者として涙がこぼれるような甘いお言葉」

 アルバは大仰そうに、肩をすくめ、天を仰ぎ見る。だからそういうオーバーアクションはやめろと何度も注意したつもりだが。
 こういうオーバーアクションに慣れてしまうと呪文や魔術の詠唱さえもオーバーアクションになるのだ。素早く的確に行えばより効果的だというのに。アルバの魔術は呪文詠唱によって魔術回路のスイッチをいれるが、派手すぎる。そこを直せばより上の魔術師になれるだろうが……。

「しかし、その人形はまたいい出来だな。うん、素晴らしい。さすがアオザキだな」
「褒めるために来たのか?」
「まったく。君の崇拝者の言葉ぐらい素直に聞いたらどうだい?」
「それがアルバの言葉だと思うと……」
「思うと?」
「心地よいな」
「それはそれは」

 言葉の裏に隠された敵意と羨望。
 本当にアルバからの言葉は心地よい。わたし、蒼崎橙子という存在を褒め称える言葉に嘘偽りがないからだ。その敵意と羨望がわたしの実力を自尊心をくすぐる。たまらない愉悦だ。

「……邪魔するぞ」

 珍しい。荒耶が入ってきた。

「どうしたんだ、今日はいったい?」

 わたしは人形制作の手をとめて、ふたりを見た。
 陽気な派手な赤いコートの金髪碧眼の男と、絶望と黒で塗り固められた男。この両極端の男がそろっていると、なぜか喜劇を思わせた。

「……聞いていないのかい、アオザキ?」
「……なにを?」
「無駄だアルバ。蒼崎は制作に入ると工房に閉じ籠もりっきりになる」
「なるほど」
「だから、なにが? と尋ねているんだ」

 少々いらついて話しかける。

 バタンと扉が開き、今度はマーガット女史が入ってくる。と同時にころころとふとったペギーがわたしの足下でかけずり回る。
 ……まったく。

「いい加減にしなさい。ここはわたしの工房よ。せめてノックぐらいしたらどうなの?」

 しかしマーガット女史は聞いていなかった。

「おめでとう、ットーコ」

 そういって抱擁してくる。体面積的に大きいマーガット女史に埋もれるようにかたち。

「……だからいったい、なにが? と尋ねているんだ」
「あなたは称号を得られることによったのよ」

 そういってマーガット女史は頬に口づけしてくる。
 アルバも近づいてきて、うやむやのうちに口づけしてくる。

「……称号?」

 かなり素っ頓狂だったと思う。

「そうよ、最高の栄誉よ」

 マーガット女史は感極まったような声をあげる。

「おめでとう、アオザキ」

 ベタベタ触れてこようとするアルバをぐいっと手で押し離し、隔離しながら、荒耶に尋ねる。

「それって」

 本当? と言葉にする前に荒耶は頷く。

 最高峰の魔術師には、また魔法使いには称号が与えられる。それは色である。世界を認識するのは嗅覚や触覚があるが、人間の情報の8割は視覚だ。それからとられて5つの色がある。すなわち光の三原色の赤、緑、青。そして色の光彩を司る白と黒。この5つが最高峰の称号で魔法使いには「原色」そのものが与えられる。あれのように――。

「わたしの称号は、なに?」

 声が震えていた。
 女史はわたしが感動して声が震えたと思ったに違いない。

「わからないわ。それは学院長が授与するものだから。ただそれが決まったことだけは確か」

 ドクン

 心臓が大きく鳴る。
 わたしが欲しいのは、青。蒼崎の名と同じブルー。そうでないと――。
 いや。そのはず。そうでなければ……。
 たぶん、わたしは――……。

 わたしはおめでとうという賞賛の言葉の中、まったく別のことを考えて立ちすくんでいた。
 ただ荒耶の漆黒の瞳だけが、わたしを見つめているのを感じながら。

◇     ◇     ◇


 もし海が生物の母ならぱ、アストラル界は精神の母である。
 すべては渦巻く霧の中。混沌としていて、様々な色彩だけが浮遊している。
 鮮血のような赤、深い闇色、金剛石の煌めき、渦巻きのような蒼、深い碧、薄い緑、狂ったような土色。それらすべてが混じり合い、また離れていく。においは――ない。しかし嗅ぎたいと思えば臭いが発生する。そう思えば。
 精神的な空間であるアストラルにおいて、物理的な拘束は意味がない。思えばただ成る。因果律操作がもっとも簡単な魔術である。というより因果律操作こそが魔術の基本である。
「なにもないところに火をつける」という行為は、本当ならば熱による発火点をこえた時によって着火しつくというのが物理世界でありうること。しかし魔術はそうでない。突然着火点をこえて、いやそもそも着火点などという物理法則ではなく、そこに「火」そのものが存在していたという世界を構築するのだ。
 簡単な因果律操作。そこに原因があって結果ではなく、ただ結果だけを取り出す。それが魔術の基礎。
 ただ結果だけを取り出すには途方もない力が必要となるし、それだけでは足りない。だから呪物を使ってそのイメージを、因果律を狂わせる。
 魔術師が魔術を使わないのは、まさしくそのためである。魔術師どおしの戦いにでもなったのであれば仕方がないが、たいていは使わない。それはとても簡単な理由がある。魔術とは因果律操作であり、矛盾だから。
 世界は矛盾を許容しない。矛盾が世界を混沌へと引き戻す。ゆえに世界は矛盾も無視することはない。もっとも大きい抑止力とはガイアとアラヤと呼ばれるが、それ以外にも世界は矛盾を是正し、平坦に戻す。ようは世界に魔術を持ち込んだ、すなわち因果律操作という作用に対する反作用だ。
 簡単なものであればほとんどブレはない。着火させたり、魔力で人を弾いたりする程度であれば、世界は修正しない。その程度であれば、世界の方がまだ許容してくれるからだ。
 しかし世界の許容範囲を上回る矛盾、因果律操作を行った場合、世界は全力をもって抑止する。固有結界が抑止されるのとまったく同じ理由だ。
 だからこそ。
 魔術は多用してはならない。
 しかし実験のため、多用しなければならないとしたら?
 それならば、物理世界で行わなければよい。
 その実験に物理的な制約がなければ、物理世界ではなく、このアストラルで魔術を行うのがより正しい。抑止されないからだ。
 ここはある意味、共通の精神世界であり、各々空想したことが現実化する世界法則がある。
 ゆえに。
 学院の中枢部はこのアストラルにあった。
 そこにわたしは呼び出されていた。
 学院長がわたしに称号を授けるという。
 攻撃的な猫科の肉食獣ではなく、蒼崎橙子という人間体のイメージ投射であった。
 広い学院の辿り着く。大理石でできた広い学院。壁と扉と階段ばかり。扉の向こうには各々の研究施設があり、その物の精神の強さに従った空間が与えられている。もし強い者が使えばより広く使えるのがアストラルのよいところだ。またこの学院のあるアストラルの場にはエーテルとつながっていて、魔術が成功しやすい環境を生み出している。
 わたしは気分をだして、カツンカツンと大理石の上を歩く。
 飛んでも、滑ってもよいのだが、まぁ気分の問題だ。
 ただただ広いホール。無限に続く階段と扉と壁。ただそれだけ。ここに何人も、いや何十人の魔術師がいるのか知らない。
 わたしは学院長のもとへい意志を定める。
 世界が無限ゆえに、距離も無限である。しかしそれは無限と定義したのならば、である。
 このアストラルでは物理的な意味合いでの無限は存在しない。その者の意志のみが世界を構築する。そのため距離は意味がない。相手がいやがっていた場合、はじめて距離が生じるが、そうでない場合、このように一歩踏み込むだけで――。

 そこにはエーテルでつつまれたアストラル体があった。
 うすらぼんやりとしていて顔を確認することさえできない。
 まぁこの学院長が生存しているのかどうかさえ不明だ。アストラルおいて寿命は意味はない。
 想念さえあれば、生きていける。仙人と同じだ。肉体が滅んでも、精神と魂だけが生きる存在。学院長はすでにそういう存在ではないか? と囁かれている。
 しかしこの学院において最高権力者であることにはかわりはない。
 そう。生死というのは、魔術師において絶対的な価値観ではない。

 ――――トウコ・アオザキ――

 アストラル波によるゆるやかなウェーブがわたしのイメージ体に届く。
 わたしはうやうやしく跪く。

 ――――あなたの研究、とくに人形に対しては素晴らしいものに達しました――

 しかしわたしは口を挟んだ。

「しかしあれは失敗作です」

 きっぱりと言い切る。
 たしかに研究の成果が評価されるのは嬉しいものだ。しかしそれは成功してこそ。失敗作を評価されたところでうれしくもない。
 しかし学院長はなんの感情もこめずにしゃべり続けた。

 ――――あなたの研究は完成されました――

 バカな!
そう叫びたかった。わたし自ら失敗だというのに、なにを言っているんだ。

 ――――その研究の成果に対して、称号を与えます――

「わたしはまだ成功していない。あれは失敗だ。まだわたしはあれしかできない。あれでは駄目だ」

 かまわず学院長はしゃべり続ける、まるで機械のように。

 ――――あなたの研究を封印します――

 ――――――……なにを言っているんだ?

 わけがわからなかった。

 ――――学院はあなたの研究がそれ以上すすむことはないと判断します――

 「ふざけるな!」

 どなっていた。
 これ以上すすむことはない、だと。それではわたしは未完成品しか作れない能なしということか!

 ――――あなたには赤色の称号を、「傷んだ赤」を授けます――

 傷……んだ……赤……?

「待て、学院長! 遺伝子の秘密。人間としての本質をわたしは突き詰めたはずだ。なのに――…」

 ――――以上です――

 意識が弾かれる。
 波を食いしばり、そこに留まろうとする。
 強い圧迫感。
 精神を切り裂くような圧力。

 ふざ……ける……な……。

 しかし絶対的な圧力はそこからわたしのイメージを閉め出し、物理世界へと追いやった。
 魔法陣の中、わたしは肩で息をしていた。

 傷んだ赤、だと、ふざけるな。
 ふざけるな。
 ふざけるな。
 わたしは……わたしは「 」にたどり着けないというのか! 
 未完成品しかできない、完璧ではあるけど、ただ完璧でしかないものしか作れないというのか!
 完璧だからか? 完璧とはもうそれ以上いかないこと。もうそれ以上先のないこと。その時点ですべておしまい。そういうことか!? 
 完璧など……だたの未完成、だということなのに!

 ふさげるな!

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