かくして三人による共同研究は始まった。 問題は――。 「やぁアオザキ。元気かい?」 とわたしの工房に三日にあげすにやってくること。 暗い金髪に碧眼というゲルマン人そのものといった男は陽気にしゃべり出す。 「研究はすすんだかね。私の方はホムンクルスの製造の原理について別方面から考察してみたのだが……」 「――うるさい」 わたしは一言のもと、一蹴する。 しかしこんなことに動じるヤツではない、アルバという魔術師は。 「まぁまぁまぁ。カリカリするな、アオザキ。老化が進むぞ。それとも私のような不老の呪を授かりたいかね」 ああいえばこういう。 まったく。 わたしはワザとみえるように大きく嘆息をつく。なのに、 「あ、そうそうアオザキ。君の方は何を作っているのかな?」 馬耳東風とはこのこと。いや蛙の面に水、か? とにかく聞く相手ではない。 「おだまりなさい」 ピシャリというと、大げさに肩をすくめて口をへの字に曲げる。なかなか様になっている。まさかと思うけど、練習しているわけじゃないでしょうね。 赤いコートをなびかせて歩く様は、まぁ様になっている。骨の上についている外皮一枚で浮かれ騒ぐ俗人ならば、コルネリウス・アルバを高く評価するかもしれない。しかしわたしはそんな玉ではなく。 「わたしはきちんといったはずよ、アルバ」 「ははは、あやまるよアオザキ。でも美しい君に何度でも逢いたいと思う私の詩人の心が悪いんだよ」 ポーズをつけて人の工房の中で悩むのはやめてほしい。 しかも「会いたい」ではなく「逢いたい」とわざわざ語彙をかえるのもやめとけ。底がしれるというものだ。 「コルネリウス・アルバ」 「なんだい、アオザキ?」 「そういうことは、好きな女性の前でやりなさい。失礼よ」 「……」 ようやくすごすごと帰るアルバを見送って実験に入る。 まったく。 あいつが三日に上げずにくるから、彼がくるのが日程に含まれてしまっているのが、忌々しい。 わたしはコルバがわたしの結界に細工していないか確認し――たとえ徒党を組んだとても魔術師同士、自分の研究成果を渡すことは出来ない―― 今、わたしは人間を製造している。 アルバがいっていたホムンクルスではない。人間だ。だいたいホムンクルスの作り方では人間などできない。 ホムンクルスの作り方は以下の通り。 人間の精液を、馬糞と処女の月経の血共にフラスコに密閉する。 そして人肌で温めつつ下、子宮のようにする。 40日間経過すると、この精液は月経の血と反応して生命を生じる。 人間に姿は似ているものの、まだ透明で真の物質ではない。 さらに40週間、人の生き血で養い、一定の温度を保つと、人間の子供と同じように成長する。 身体は、女性から生まれた子供よりもずっと小さく、フラスコからでることはできない。 この昔ながらのやり方では、フラスコから出ることが出来ない不完全な生命体しかできない。このような方式など意味がない。 わたしが作りたいのは「完璧な人間」ちなわち源初の人間――アダムだ。 これはかのパラケルススがつくったやり方。 そもそもあのコルネリウス・アルバが得意とする術。なるほど、それならば彼も人形師と名乗る理由もわかる。 パラケルススは、魔術師アグリッパの師匠であったシュポンハイムの修道院長ヨハネ・トリテミウスから魔術学を習ったという。そう、もともとこの方法は彼が次期院長となるシュポンハイムの修道院のやり方。まさしくお家芸というヤツ。 しかしこんな方法で根源に至るというのか? たとえ温故知新とはいえ、偏りすぎだ。 知識は普遍のもので、それをきちんと理解し整理し活用できなければ意味はない。 人間の体は水とアミノ酸でできているが、それは胆汁や血液といった成分とタンパク質で合成されている。 そもそも卵子という大きな単細胞が分裂を繰り返し肥大していって人間となる。そもそも人間というものは昔からこういう姿をしているわけではない。 原人からネアンデルタール、そしてクロマニヨンへと変化しているし環境によって大きく変化する。このことからダーウィンの唱えた進化論はうなづけるところがある。 環境が生物を決定するということだ。 食生活の変化なども見逃せない。 たとえば太平洋戦争の日本人は当時徴兵制度――赤紙として知られる――方式をとっていたが、そのときに最低身長というのを決定した。当時の日本人の平均身長を下回るものは徴兵からのがれることができた。そのサイズはなんと150cm。今なら99(%)がクリアできるだろう。 そう戦前と戦後。たった50年にも満たないのに環境によってここまで変わるといういい見本だ。 また最近問題となっている人口増加もそう。実は19世紀までの人類の人口増加と20世紀だけの人口増加はほぼ同じ。過去何千年もかけて増えてきた人間がたった100年で倍増えたのだ。問題になるのも当然。これにはイギリスの産業革命や医療の普及によって乳児の死亡率の低下があげられる。 では源初の人間のために必要なものはなにか? 神代に満ちていたエーテル環境下での創造? しかしこれはありえない。今は希薄すぎて、奇蹟など起こせる時代などではない。 64組の人間から精を集めて、新たな人間を形成する? それこそバカな。 神は人に似せて作ったという。 すべての神話で類似されるのは、人間が神から「なにか」を与えられもしくはなにかを奪って成長したという逸話。 聖書では知恵の樹と生命の樹。この2つをたべれば神と同じになることができる。蛇に唆されて知恵の樹の果実をたべてしまう。 ギリシア神話ではプロメテウスが火をもたらされた。 ハブア・ニューギニア地方ではバナナと石を選択をせまられた人はバナナを。そのため人間の体はバナナのように腐りやすく脆いことが決定された。 インドでは「神の酒」。不老不死の妙薬。 そう――人が得られたのは知恵で、肉体ではないことをさしている。 神――すなわち「 」に近づくのは知恵と生命の2つ。 今学んでいるルーンも、オーディンが「知恵」として手に入れたもの。 そう。 肉体。肉体の秘密。知恵の樹と生命の樹の両方の実が食べられれば、「 」へ至る道が拓かれる。 そうすれば――――――。 ◇ ◇ ◇ そうしてわたしの研究と実験の日々が始まった。 そして時折の会合。 アルバと荒耶との話し合いはとても有意義だった。たとえ茶番であったとしても。 しばしばアルバの意見よりもわたしの意見が採用される。そう。アルバは本当に詰めが甘い。同じ人形師なのか? と疑問を挟むぐらい。 「アオザキ。なんか言ってくれよ。そんなにこのアイディアは悪いものなのかい? 人を超える人、すなわち超人。これは超人願望がある人間でなくてもそそられるものだと思うんだが……」 「最悪」 「……」 ぶつぶついうアルバに対してさらに冷ややかにいう。 「超人というけどそれは人ではないわ」 「それはいいすぎだろう?」 「そう?」 冷ややかに告げる。 「胴体があって、肩の上に頭部があって、肩から腕が生えて、胴の下の腰から日本の脚がはえていれば人間だというの? それは猿もオラウータンも同じ『人型』だわ。人間が人間である、それを追究しなければなんの意味もないでしょうに」 わたしの毒舌はとまらない。アルバはこめかみをひくつかせながらも静かに聞いている。たいした自尊心だこと。 「それにあなたは古典に重きを置きすぎる。『今までは……』とか『記録によると……』なんて言葉はもうウンザリ」 「いやしかしアオザキ。われわれ魔術師は先代からの血統によって魔術回路を構成しているのだ。そう無碍にするものではないと思うよ」 「――ふん」 せせら笑う。 「過去を思うなんて愚かなことよ。過去のことにひたっても意味はない。そこがたとえはじまりだとしても、もうこの二本の脚で歩いているのだから。――それとも」 さらに笑う。 「その頭は飾りなの?」 その言葉に顔を赤く――いや黒くしている。 「――アオザキ。君はいったい何様のつもりだい。わたしの方が先輩なのだよ。口の聞き方に注意した方がよいと思うな」 長い黒髪の東洋人の小娘に鼻で笑われて、この金髪碧眼の男はわなわなと怒りに震えていた。 そんな態度を一笑する。 「先輩? そんなの関係ないでしょ?」 「蒼崎」 荒耶が口を開いた。わたしをたしなめるのかとニラみつける。しかし彼が口にしたのは違うことだった。 「――では未来はどうなんだ」 「未来? それも幻想ね。ありもしないものに自分の活力を求めるなんて、ただ愚かなことよ。たとえほぼ100(%)そうなると知っていても、けっして100(%)ではない。確定した未来などありえないわ。そんな不確定なものに身も心も委ねるの?」 「――ふむ。確かに」 頷く荒耶に、アルバは声を荒げる。 「いや! 果てなき未来を目指す者こそ、魔術師というものだろう。アオザキ、君は勘違いしている」 「――誰が果てないと決めたの?」 「……は?」 わたしは低い声で囁く。まるで呪詛をもたらすかように。 「果てないを確認できるのは「 」だけ。あなたはそこに達したわけでもないのに、果てないなんてなぜ言えるの? この世界において未来とは有限なものよ。あなたこそ勘違いしているわ。もちろん物理的な世界の終焉が有るという意味ではなく――魔術師として」 アルバはただ呑まれていた。 「コルネリウス・アルバ、シュポンハイムの次期院長。わたしたちは自我でしか世界を認識することができない。そうすべては自我。もし自我が消えたら世界は終わる。たとえ他の人にとって続いたとしてもその者にとっては世界は終焉を迎えたのよ。 そして未来に無限の可能性などありえないわ。たとえばわたしはこうして三人で共同研究グループのことを了承し、参加したけど、了承しなかった、参加しなかったという可能性をなくしたの。――そう未来は常に先細り。だからこそ、今、現在の選択がとても重要。だからこそ――現在しか存在しないし、現在しか価値がない」 「詭弁だ!」 「詭弁なら、それで結構」 また薄く笑う。酷笑。 「それがわたしの真理だから。あなたには関係ないわ」 荒々しい音をたてて、アルバは立ち上がる。わなわなと震えている。 「気分が悪くなった。失敬するよ、アオザキ」 赤いコートをひらめかせて出ていった。 残るは沈黙のみ――。 「どう思う、荒耶」 沈黙に耐えきれなくて、隣に座る魔術師に尋ねた。 「魂、についてはどう思う?」 「魂の転生?」 「無論」 「そうね――たしかに転生すれば、ある意味『永遠』がつかめると思うわ。本当の永遠とは違うでしょあうけど、見た目の永遠は得られるでしょうね。 てしかいるでしょ、死徒の中に――蛇と呼ばれる存在が」 「――うむ」 「蛇は古い骸を捨てて生まれ変わる。ウロボロスは己の尻尾をくわえた蛇。蛇を堕落の象徴としてする文化圏もあれば、素晴らしいものとして扱う文化圏もある。日本では蛇神様とかが有名ね。 魂が転生したところで、本当に永遠がつかめるかどうかわからない。専門家でないしね」 「――わたしは400年生きていた」 低く陰鬱な声。 その漆黒の瞳には何も映し出されてない。何処か夢幻を見据えているような――瞳。 その瞳に吸い込まれそうになる。 魂も。精神も。蒼崎橙子という存在すべてが。 荒耶の低い声が続く。 「戦国時代と区分されるその時代。人々は苦しんで死んでいった。無意味に虫けらのように。あっさりと。 僧籍にあったわたしはだた無念だった。人はなぜ死ぬ――なぜ救えぬ。 死んだら地獄か極楽へ行く。それは真なのか? と尋ねても概念しか返ってこない。では――なぜ魂があるのか? その行く末は。南蛮ならばあるかと思い、渡英した。基督教の教義にも触れた。しかし――」 飲み込まれた言葉がなんとなくわかった。 人がなぜ死ぬ。なぜ苦しむ。これこそ――永遠の命題。宗教のかかえるジレンマ。人を世を救うための宗教の救済は魂だけ。現世での精神も肉体も救いはしない。 それでも、この男は――荒耶宗蓮という男は、救いを見いだそうとしてるのだろう。 「だから――「 」に至るわけ?」 「無論」 錆びを含んだ鋼のような声。 なんの揺るぎもとまどいもない。ただなすべき事を成すだけ――。 はじめて、この荒耶という男が、概念として存在しようとしていることだけがわかった。 ただ蒐集する。 死と魂の蒐集家。それが荒耶宗蓮という男。 はじめて――荒耶宗蓮という男が地獄のような男であると、理解した。 そしてそれを酷く。 酷く、うらやましく思った。 しばし沈黙。 そして口を開く。 「あなたはそれで「 」に辿り着くわけね」 「無論。そなたはそれで「 」に辿り着くつもりか」 「そうよ」 頷く。 わたしは肉体を、荒耶は魂を通じて「 」へと辿り着く。 そう――「 」に辿り着く。 それこそが命題、なのだから。 ◇ ◇ ◇
それはダンスパーティのこと。 大英博物館のキュレイターが集まって、パーティをする。 よくあること。 まぁ、研究に忙しいわたしもこういうのには時折、顔を出すようにしている。仕事上の交友関係はある程度良好な状態を維持したいと思うのは当然だろう? わたしは白のイブニングドレス。白いイブニング・パンプス。ひらひらして好みではないが、この長く黒い髪との相性はばっちりだった。 今回はロンドン市のパーティだから、身内だけのホームパーティというわけではなく、来賓も多い。 フランソワが作ってくれるパイが食べたいと思う。イギリス料理に大いに不満があることを公言してはばからないフランソワは、ホームパーティをよくひらき、フランス料理を振る舞ってくれる。 豪華な晩餐会というわけにはいかないが、オール・オフ・ナッシングのイギリス料理に飽きているわたしにとっては至福の一時。 こういう時のパーティでは立食形式なので、つまめるモノが多い。まぁチーズとかソーセージとかスパゲティとかテリーヌとか。 こうなると西洋料理となってイギリス料理ではなくなるから不思議なところ。まぁこちらとすればおいしいものが食べられるならば何の文句もない。 「まぁまぁトゥーコ」 食費を浮かせるため、上品にみせながらも沢山食べていた――この方法は礼園で学んだ――わたしにマーガット女史が声をかけた。そしてペギーが足下で戯れはじめる。こんなところまでペギーをつれてくるなんて――女史の犬好きにも困ったものだ。 わたしはペギーにテリーヌをあげると、女史が、駄目よ太っちゃうから、ところころと笑う。わたしからすれば手遅れだと思うのだが。 マーガット女史も、アルバも、そして荒耶も大英博物館に関連した施設や事業に表向き参加している。ようは学院の息がかかっているところにみんな表の職をもつことになる。もちろん息がかかっていないところを自分で見つけだしてもいいが、研究のためいきなり有給がとれたり、論文の内容によっては奨学金がでる職場を無視して、苦学生の苦難の道を歩む魔術師は滅多にいない。 そういうこともあって。 こういう場、すなわち大英博物館絡みのパーティは魔術師のパーティでもあった。 ハロウィンの時は凄かった。結界を張って、魔力の無駄遣い。アルコールは人の自制心を弱くさせるという、良い見本だ。 中央では音楽にあわせてソシアル・ダンスを踊っている。 まぁわたしは食事の確保に来たので気にしてはいない。 トニーが近寄ってくる。いつもはちょっとだらしないところがあるのに、今日はきちっと決めている。そうなるとだらしないと思った顔も二割三割り増しに見えるから不思議なモノだ。 「なぁミス・アオザキ」 「――ん?」 とけたチーズが冷たくなってしまうと思いながら、トニーに微笑む。 「ダンスを踊らないか?」 トニーはやや右側をわたしに見せながらしゃべる。たぶんトニーはこれを鏡をみながら練習しているのだろうと思うと笑いが漏れそうになる。 まぁいい。今夜はパーティだ。少しぐらい羽目を外してもいいだろう。 わたしが快く返答しようとした時、 「元気かな、アオザキ」 独特のイントネーション。真っ赤なスーツ。なんていうか――ただの派手好き。 コルネリウス・アルバの登場だった。まぁ博物館関連のパーティだからこいつがいても不思議ではないのだが……その派手な衣装とそれに負けない端正の美貌でアルバはうやうやしくわたしの手をとる。 トニーは唖然としている。口をひらいて、なにか言いだけ。 そんなトニーを無視して、わたしの手をとって、平の口づけする。 トニーはショックを受けたようだ。 「今宵はめかし込んでさらに美しい」 まったく。歯の浮いた台詞を。 ようやく気づいたのか、横で呆然自失といった表情で立ちつくすトニーに一瞥する。 「アオザキ、彼は――?」 形の良い眉があがる。 まさかこいつも鏡の前で練習なんてしてないだろうな。 「ああ紹介しよう、こちらは同じ職場に勤める同僚のトニー」 「はじめまして」 呑まれながらも挨拶する。 「で、こっちはわたしの……そう趣味関係の知り合いのアルバ」 「こちらこそ、はじめまして」 ふたりはがっちりと、見た目はとても友好そうに握手した。 視線をずらす。とアルバの横に美しい娘がいた。 珍しい組み合わせに驚く。 アルバはいうなれば美形だ。まぁ実力もそこそこある。ただ克己心が弱いけど。 だからこそ、にこにこと満面の笑みを浮かべている彼はある意味うらやましいと思う。魔術師として感情を理性の統率下におくのは初歩の事柄、当然の事柄だというのに。それをやっていない。 それだけの実力が、才能があるのかもしれない。しかし実力に、才能に溺れた、自己過信は破滅を招くだけだというのに。 そんなわたしの考えも知らずに、アルバは陽気に口を開く。 「見てくれ、アオザキ」 そういって娘を指し示す。視線を動かすと、確かに可愛らしい娘だった。視線があうと深々とお辞儀する。アルバと違って礼儀正しい。そして視線を戻すと一言、 「恋人の紹介でも来たのか?」 その言葉にトニーの表情が明るくなる。 逆にアルバは目をぱちくりさせる。なぜか笑える間の抜けた顔。 「おいおい、茶化すよアオザキ。この間いっていた私の研、いや趣味の成果を披露しに来たのだ」 ――ほう…… ふたたび視線を娘にやる。金髪の巻き毛、利発そうの顔立ち、潤んだ碧眼、新雪のような白い肌、薔薇のようなち唇――なのに生命の息吹は感じられない。聞こえるのは熱く脈打つ血潮ではなく、歯車がかみ合う音。バネが軋む音。 「なるほど――」 それから先の言葉はトニーがいるから飲み込む。 ――――自動人形か。 わかっているのか、アルバはにっこりと頷く。 こういう博物館からみのパーティはいったとおり魔術師のパーティでもある。お披露目をかねて、見せびらかしにきたのだろう。 「そうだよ、アオザキ。どうだいこの出来は?」 そういって何かを見せるそぶりをする。一般人であるトニーに聞かれても言いように言葉を選択する。 トニーはダンスを誘ったのはいいが、わたしの返答がもらえずどうしてていか途方にくれていた。そんなトニーの顔はわたしの加虐心をくすぐるのには充分だった。 そんな男ふたりを無視して、娘に戻す。 「ではいくつか質問するがいいかな?」 「はい」 涼やかな声。 やや表情が硬い。 「肋骨は何本?」 にっことり笑い、答える。 「肋骨は3本ですわ」 「では、流れる血潮は?」 「ただの水銀です」 「ではその心臓は?」 「残念なことに鼓動を拍ったことはありません」 ――なるほど。 「アルバ、いい出来だな」 「そうだろう、アオザキ」 わたしの口から賞賛がもれて、彼は嬉しそうにしている。なんて単純。 「これでアルバ。あなたは辿り着くつもり?」 「あぁ、当然だとも」 わたしはため息をつく。 「ああのぅ、ミス・アオザキ」 トニーが申し訳なさそうに話しかけてくる。 「ダンスは……」 「ダンスか。うん、いいね、アオザキ」 アルバは声をあげるとわたしをひっぱっていく。 置いてけぼりにされるトニーの哀れな姿。 わたしが不満をいおうとすると、一言。 「見事な成果だろう」 とウィンク。 またため息をつく。 トニーには悪いが、仕方がないつき合ってやろう。 そしてソシアルを踊る。こうみても、礼園では体育の授業の一環してソシアルを教えている。お嬢様教育の一環というヤツだ。もっともなぜかわたしは常に男性パートばかり踊られさていたが。 右へ左へ、イブニング・ドレスをヒラヒラとたなびかせて踊る。 ダンスを踊るのは嫌い方じゃない。人間工学に基づき、踊るのは人体を理解する上でまた肉体への運動という面でも悪くないからだ。 まぁ相手がアルバだというのが難点といえば難点。だからとってトニーだとしても、やはり……だったろう。 耳元でアルバは囁く。 その姿を見て、トニーは顔を赤らめたり、青ざめたりしている。恋の口説き文句を囁いているようにみえているのだろう。 でも内容といえば――。 「どうだ、わたしの人工生命創造の技は」 「いったろう、見事だ」 ご満悦といった表情。 だがアルバは勘違いしている。 「 」に至るということを完全にはき違えている。 しかしダンスのパートナーは得意げに、耳元で囁く。 「私はこれを学院に提出するつもりだ。これでわたしは称号を得ることになるだろう」 ちらりと横目で自動人形を見る。何も言わず佇む可愛らしい娘。しかしその美顔には笑みひとつ浮かべず、ただ能面のようなのっぺりとした冷たい印象を与え続けていた。 「称号を授かったら、そうだな――花でも贈ろう」 送るのはチューベローズかスイセンあたりがいいだろう。いやいやサクラソウか――アルバらしくて意味を知れば、どんな顔をするだろうか? この人形にならコスモスでも送るんだけど。 しかし花を贈る、という言葉に、あぁぜひとも、と笑う愚か者。 まったく。 そうしてアルバはその人形をダンスの間中自慢したあと、アルバと自動人形は退出していった。 それから、悪かったと思い、改めてこちらからトニーを誘い、ダンスを踊った。 そのあと。視線が彷徨う。 つい。 荒耶を探してしまった。 こんなとこにくるようなタイプでもないのに。 それでも。 視線の片隅で常に荒耶の姿を探し続けた。 ちなみにその後、アルバが称号を授かったという話は耳にしなかった。 |