/5.
頼りない一本の蛍光灯だけが、照らし出す薄暗い部屋。
何も無い。
そう形容してしまって構わない部屋ではあった。
数時間前まで、ベットを占拠していた魔術師の弟子の姿はなく、
今、ベットの上には、一組の男女の影があった。
「・・・うっ」
「―――始まったか」
ベットに横たわる男のうめきに、その傍らに腰を下ろしていた蒼崎橙子は、そう呟いた。
彼女は、いつもと同じ白のYシャツ姿。
ただ、下半身からは、みとれるほどしなやかな肢体が、その姿を露にしていた。
頼りなげな蛍光灯が、その柔肌の柔らかさを、艶かしく惹き立てる。
「・・・あ、あの・・・ま、マスター・・・」
黒桐幹也の姿を形取った人形が、苦痛に喘ぐように、顔を歪ませる。
苦しげに握る黒のTシャツの胸元は、すでに汗がかるく滲んでいた。
その彼に、橙子はうっすらとした微笑を浮かべると、きつく握られた拳にそっと手を添える。
「―――あ、あの。これは・・・」
「違和感があるかな? 無理も無いだろうね。
君に伝わっているのは『式の』感覚なんだから」
常に無い優しく、穏やかに囁く魔術師の声。
その言葉の意味に『彼』は僅かに眼を見開いた。
「・・・えっ」
「自分に無い器官に対する感覚。消化しきれずに取り違えているのだろう」
しなやかな指先が動き、今度はそっと、『彼』の頬に触れ、そして、唇を撫でる。
「…んっ」
「でもね。恐がらなくても大丈夫だ。
君の起源たる人格はちゃんと『ソレ』を備えていたんだからね。
今の、君が感じている感覚は、苦痛ではなく、快楽に属する。
……ちゃんと、思い出してくれなくては困るぞ?」
からかうように、でも慈しように。
橙色の魔女は、自らの作り上げた人形の耳元で囁いた。
その声に、そして「彼」に送られてくる感覚のさざ波に。
呻きとともに漏れ、橙子の指先に触れる息が、次第に湿り、熱を帯びていく。
「・・・うっ・・・」
「少し、分かってきたかな」
つぶやきながら、彼女は軽く彼の唇の中に、その指を沈めた。
熱をはかるように、感触を確かめるように、
一瞬だけ彼の舌先に、爪の先をからめ、そして直ぐにそれを引き抜いた。
「・・・あっ・・・?・・・」
ぞくり、と、舌先に生じた刹那の感覚に、瞳を揺らす「彼」と
視線を合わせたまま、橙子は指先にまとわりついた唾液をその紅い唇に、引いた。
ぬらり。
橙子のかすかなほほえみとともに、薄明かりの中、
唾液に湿った唇があまりに紅く、妖しく蠢く。
「・・・あ、あ・・・マス、ター」
その笑みに、あるいは絶え間なく送られてくる一人の女の感覚に。
「彼」の瞳に宿る感情が、次第に塗り替えられていく。
つまりは、怯えと苦痛から。
「・・・く・・・あ、あの」
つまりは、期待と欲情へ。
その変化を見て取って、人形師は満足げに眼を細める。
本能的な期待に息をあらげる「彼」い見せつけるように、その繊細な指先を
口に含み、今度は自分自身の唾液で濡らした。滴るほどに、たっぷりと。
「・・・嗜虐心をそそる、というのは我ながら適切な言葉だったかな」
悪戯っぽく呟くと、彼女は指先をゆっくりと「彼」の唇へと近づけ―――
「あ―――?」
しかし、唇には触れず、火照る頬の感触を確かめながら、透明な軌跡を描いた。
「…ま、マスター…」
「唇に欲しかったかな?
ふふ、心配しなくとも良いよ」
くすり。
軽い笑いを浮かべる橙子は、その冷たい掌で彼の頬を慈しむように撫で、
そして、ゆっくりと身をかがめる。
「式からの感覚をちゃんと、男の感覚としての感覚に合わせる必要があるからね。
ちゃんと―――してあげるよ」
「…あ、あ……」
優しく耳元で囁かれる声に、息を弾ませる「彼」。
その息を、呼吸をふさぐように、そっと「彼」の唇に―――橙子は、その唇を重ねた。
それは、奇しくも両儀式と黒桐幹也が交わした口付けに、酷く、良く似ていた。
しかし、数瞬のうちに、その形は破られていく。
橙子の紅く柔らかな唇。
その隙間から、熱くぬめりを帯びた舌が伸び、『彼』の唇を舐め、刺激しはじめた。
「……ふっ、う…あ……」
ただ、それだけの刺激にか。あるいは、『式』からもたらされる感覚にか。
『彼』は身悶え、喘ぎと共に息を吐く。
それを狙っていたのか、橙子は深く『彼』の口内に舌を突き入れる。
「―――!」
びくん。
舌と舌が触れ、濡れ、絡む。その強烈な感覚に、『彼』の体に痙攣が走り、跳ねる。
それから逃れるように、顔を動かそうとする「彼」を押さえつけ、なお橙子は舌を絡め続けた。
「―――ふ―――ぅ―――」
「ふ―――っ――――――」
もつれ合いながら、息を荒げながら、橙子の舌は執拗に「彼」の舌を求め、絡めとり、愛撫する。
舌先で、「彼」の舌を濡らす唾液を全て舐め取るように。
舌先で、「彼」の舌、全てに自分の唾液を塗りこめてしまうように。
熱い唾液を奪い、舐め取り、飲下し、送り、塗りつける。
「―――ふうっ―――あ―――」
「ふっ――――――う――――」
荒げられる呼吸にもう唇を閉じることはできず、涎がこぼれる。
奪い、奪われ、送り、送られ、交じり合った二人の唾液が、官能的な匂いで鼻腔を刺激して、
唇から溢れ、首筋をつたい、シャツを濡らし、汚していった。
思考を胡乱に溶かし、乱していくのは橙子の涎と吐息。
全身を這いまわり、うねり、痙攣させる両儀式が感じる悦楽の感覚。
「ふっ―――っふぅ……ぁ――――」
逃げることも許されず、
唇を、舌を、呼吸を、そして思考さえ犯され続ける「彼」。
両手が宙に、助けを求めるように…しかし、意味の無い軌跡を描いた。
「ん―――ふ……」
それを目の端で捕らえると、橙子は瞳を細め、すっと、右手を汗と唾液に濡れる黒シャツの襟元へと添える。
ぺちゃぺちゃ、と音をたて、舌を吸いながら、彼女の手がは、次第に下へと降り、「彼」のボタンを、
一つ一つ、片手で外していく。
「うっ…あ、ぅ――――うぅ」
はだけられた黒シャツの下、素肌を涎に濡れた指が触れ、這う刺激に声が漏れた。
強くなる痙攣に、のたうつように空を掻く腕。
快感に蕩ける「彼」の眼は、既に焦点を失っている。
(無理も無い―――)
その様子に、橙子は言葉に出さずに首肯する。
生まれて間もない上に、女に抱かれる―――しかも、魔女に嬲られる感覚と、
かつてその心の雛型が想った男に抱かれる感覚を同時に襲われているのだから。
苦痛が快楽に摩り替わり始めてはいるが、今は、まだ理解しきれていないはずだった。
おそらく、壊れてしまいそうな感覚の渦の中に「彼」いるはずだった。
しかし、それを認識しながら、それでも橙子は舌と指を止めず、愛撫を止めない。
なぜなら。
(―――壊れてもらわないと、いけないからな)
橙子の瞳に、冷たい寂寥に似た光が浮かぶ。
でも、それはほんの刹那。
妖しく眼を潤ませると、「彼」の肌を嬲っていたその手を、更に下方へ伸ばし、
ジーンズの上からでもはっきりとわかるほどに怒張した男性器に、触れる。
「――――っうあっつ!!」
びくん。
襲い掛かった刺激に、「彼」は文字通り海老のように体をそらせ、跳ねた。
「っはあ」
その勢いにようやく解け、離れた二つの舌を、
透明なはずの唾液が白く絡まりあった蜘蛛の糸のように繋ぐ。
どろり。
涎の橋は、しかし直ぐに切れ、橙子の口腔から「彼」の唇へと流し込まれるように落ちる。
「――っあ…あ…」
溶け混じった二人の唾液を、口内から溢れる程に注ぎ込まれた「彼」は、
とろけた視線を、救いを求めるように橙子に向けた。
その魔女は婉然とほほえみ、自らの口元から伝い落ちる滴を指ですくい、からめ、
艶やかにぬめる唇で、吸い―――そして、「彼」に分かるように喉を動かして、飲む。
「―――ぁ」
そのあまりに艶然とした仕草を、「彼」は惚けた表情で見つめ。
ごくり。
驚くほどの音をたて、主の体液を、主にならい自分の中へと飲み込んだ。
口腔を、喉を魔女の涎が灼き、犯しながら体内を滑り落ちる感覚に、
「彼」は声を上げることさえ出来ず、ただ溺れるようにもがき、あえぐ。
「ふふ、良い子だね、君は……」
人形の行為に、橙子は満足げな笑みを浮かべ、
「彼」のズボンのホックを外し、チャックをひきおろした。
「あ―――」
押さえつけていた布から解放された「彼」の性器は
勢いよく、起立した。
固く怒張したそれは、勢いよく駆けめぐる血液に赤黒く染まり、
「彼」の欲情を訴えるように。、びくびくと痙攣を繰り返す。
「ま、マスターっ・・・・」
「・・・こんなところあいつらに見られたら、
流石にただではすまないだろうね? 式はこれが嫌だからあんなこと、引き受けた一面もあるのだから」
想像に、口元を綻ばせながら、橙子はその痙攣する肉の棒に、そっと手を伸ばす。
その冷たい指先に、熱く、固い感触が触れたーーーその時。
「ま、マスター!!」
「あっ・・・・・・!」
叫び似た呼び声とともに、今までただ橙子にされるがままに身を横たえていた「彼」が
跳ねるように身を起こし、あげく、その主人を押し倒した。
ぎしり、と悲鳴を上げるベットに倒れ込む二人。
「彼」は完全に橙子に覆い被さり、右手で彼女の左首を
左手で彼女の右肩を押さえつけ、彼女の自由を奪う。
蛍光灯の明かりが、衝動と興奮に血走った瞳に浮かぶ涙を照らした。
今までなぶられ、ただ喘いでいた彼の呼吸は、
薄闇の中、完全に、雌を求める欲情した雄のものへ変じている。
「ようやく、スイッチが入ったね。『あちら』も本格的になってきたのかな」
しかし、押し倒された魔女は、自らを犯そうとたぎる男をみて、
安堵の笑みさえ浮かべていた。
なぜなら、橙子は彼のこの行動をずっと待っていたのだから。
今、式によって、女として抱かれる感覚が流れ込んできている。
ただそれを受け止め、もだえるだけでは意味がない。
女として抱かれる衝動を転換し、男として橙子を犯す。
そうして、この回りくどい儀式は完結し―――「彼」は「彼女」を捨てられる。
ぎゅ。
彼女の押さえつける「彼」の手が、汗ににじみ、力がこもる。
橙子にあけられたズボンから覗く男根は反り返り、痙攣を繰り返す。
だが、それだけだった。
「ま、マスター・・・」
すがり訴える瞳は、震える声は。
「彼」が必死で、主人を、女を犯す衝動に耐えていることを物語っていた。
その四肢に伝わる、荒々しいまでの欲望を必死で抑える姿に、自然、笑みが零れる。
「―――犯すときでも……優しいのだね、君は」
肩を押さえつける腕に、自由になる手をそっと添える橙子。
その腕をつたわる緊張を拭うように、やさしく撫で、頷き、微笑む。
「我慢しなくて良いんだ。ああ、違うね。「命令」じゃないと動きにくいかな。
なら、命令だ。「私を、犯せ」。
ただし……優しく、するんだぞ?」
あまりに甘く響く、その言葉に「彼」の体が弾かれ。
「マスタ――!!」
「あ、うっん―――」
今度は、自分から橙子の唇奪い、強引に舌を突き入れた。
先ほどのお返しとばかりに、自分で舌を絡めながら、
Yシャツの上から、橙子の乳房を乱暴にまさぐる。
「―――ん、ふ―――ー」
荒々しい口付けと舌の動き。
「んっ―――っく、ん――ぁ―――」
揉みしだかれる度、しびれるような鈍い感覚が橙子を襲う。
しかし、シャツの上から続けられる愛撫は稚拙で、たどたどしく、もどかしい。
「う…んぅ、ふ―――ぁう―――」
焦らされるような快感に、橙子は昂ぶり、身をくねらせる。
「ん――はぁ」
「ふ――あ…」
しばらく「彼」の愛撫に身をまかせていたが、やがて橙子は、
絡められる舌を強引にとき解き、顔を離した。
「―――あ、あの」
途切れた唾液の糸を口元にたらしながら戸惑いの色を浮かべる「彼」。
その手を握ると、橙子はそのままYシャツのボタンにそっと手を導いた。
「――――」
「――――あ」
眼鏡越しに絡み合う視線。
恍惚に潤む彼女の瞳に促されて「彼」の指が、ボタンを外していく。
白の布地が割れて、現れるのは、昂ぶる思いに紅く火照る、艶かしく、穢れ一つ無い肌。
見とれるほど整った乳房、抱きしめれば折れそうな肢体は、淡い灯りのなか幻想的にさえ見えた。
「……ま、すたー」
興奮にかすれた、声。
唾を飲み込みながら、そう呟くと「彼」は剥ぎ取ったYシャツを文字通り投げ捨てて、
橙子の胸へむしゃぶりつく。
「う―――っつ、あ―――!」
繰り返された愛撫にすっかり固く、そして充血した乳首を、
彼の舌が包み込み、舐めあげた。
「うくぅ―――あ…や、ぁ―――」
唇で包み込み、吸い、そして舌先で嬲る。
「や、あぁ――
腰をくねらせて悶える彼女の、火照った裸体を、
「彼」の掌が犯し尽くそうとまさぐる。
うなじを、左の乳房を、背中を、腰を、尻を、足を。
撫でまわし、揉みしだき、橙子の柔肌を汗ばむ掌で、懸命に、犯していく。
「んんっ、あっ―――!!」
不意に、「彼」の指が、左の乳首の先端をつまみあげ、紅潮した肌を揉みしだく。
脊髄を突き抜けるような刺激に、橙子の体がしなり、引きつるように痙攣し、
それにあわせて、彼の唇が、糸を引いて乳首を離れる。
そして、舌が這う。
ふくよかな膨らみに、腹部に艶やかな跡を残しながら、陰部へと向かって降りていく。
指が、嬲る。
柔らかな太ももを、臀部をなぞり、愛撫しながら、秘部へと向かって昇っていく。
「ふぁ、うっ…く―――あ、あっ―――」
全身を愛撫される快楽に、そしてじりじりとその部分へと迫る期待と興奮に
橙子は、陶然とした息で喘いだ。
そして、指が、下着にかかる。熱く湿った息が、恥丘に触れた。
(―――あ―――)
不意に芽生えた少女のような羞恥に、橙子は耳が熱くなるのを感じた。
すでに下着に、汗以外の液が染みを作っているのが分かったいたから。
相手は人形なのに、初めてなのに、ぎこちないのに。
なにより、こんなにも部下に―――黒桐幹也に、似ているのに。濡れてしまっている。
その想いに「彼」の指から、逃げるように橙子は腰を引くが、
その動きは痙攣と見まがうほどに僅か。
「ふ…っく、あぁ…ああっ―――!!」
だから、「彼」の指がそこに触れることを止めることはできず、
濡れた布越しに陰核に触れられた刺激に、橙子は仰け反った。
「マスター・・・あの、もう・・・・」
「ほ、報告なんて、する―――っあ!」
にちゃり、と驚くほどに濡れた下着。
あろうことか躊躇いがちに、そのことを報告する「彼」に、
彼女は怒鳴り―――そして、耐えがたい想いが全身を駆け巡るのを感じた。
「あ、す…済みませ―――」
「早く」
「え」
「…早く…、脱がせて…」
呆と、呟く橙子の甘い声。
その言葉に操られるように、「彼」は濡れた下着の中へと指を滑り込ませ。
「きゃ、あっ…はぅあ―――ん―――」
橙子の唇を、また、塞ぐ。
「んっ―――ふっ、くぅうぅ……んんぅ……」
ぎこちない指での愛撫。
中に入れることを恐れるように、割れ目の周辺を彷徨い、
橙子が焦れたうめきをもらすたび、指の腹が充血した陰核をなで上げた。
「ん―――んん……」
繰り返される口付け。
時には浅く、時には深く。唾を吸い、奪い。
そして、充分に橙子の唾液を絡めると、不意に「彼」は顔を上げ。
「―――ん、あっ?」
不意討つように、体を滑らせ、下着を剥ぎ取り、その陰部へと顔を埋めた。
「やっ、―――んっ!」
じゅる。
灼ける舌が溢れこぼれる蜜をすくうように舐めあげ、吸う。
「―――っあぅ!」
大きな音と共に橙子の体が、痙攣する。
鼓膜に届いた音の大きさが、橙子の体を羞恥により一層赤く染めた。
秘所を愛撫する「彼」を涙の浮かんだ眼で睨み、
絶え絶えの言葉で責めようとする。
「お、音をたて、るな―――ばかっ…ぅあ、ひっ!!」
それでも、止まらなかった。
舌が、その割れ目をこじ開け、襞をぬめらせる液を全て奪うため、うねる。
「う、ぁ……、あ、やぁ、あぁぁ――――あっ!」
強く、一心不乱に、ただ、一途に。
刺激し、癒し、犯し、愛す行為に、
橙子の体が痙攣し、強すぎる快感から逃げるように腰が退かれた。
しかし、「彼」がもはや、逃がすわけは無い。
逃げる腰を鷲づかみ、引き寄せ、より深くその舌を突き入れる。
まるで、逃げたことを罰するように、強く、荒々しく煮えたり、蕩ける膣ないを蹂躙し、慈しむ。
「あぁ、―――あ、んぅ……はぁ、っく―――!」
吸い尽くすように、より溢れさせるように。
「あ、だ、だめ…、も、こら―――」
鼻先が陰核を擦るほど強く、舌先がその奥へ届かんばかりに深く。
懸命に、ひたすらに繰り返される拙い舌戯に、しかし蕩けそうな快感が強烈な波になって橙子を襲う。
あるいは、「黒桐幹也」に抱かれているという意識が、
必要以上に、刺激に興奮を加えるのかもしれない。
「ふ、っく、あっ…は、っく―――っ…!」
『禁忌』に触れる愉悦と快楽。
その刺激に、橙子は酔い、そして犯される。
「――や、やぁ―――う、うううぅぅぅぅっ!!」
がくん。
一際大きな、喘ぎ声と共に、橙子の体が弓のように反り返り―――そのまま、ベットの崩れ落ちた。
息を弾ませ、脱力したようにベットに、横たわる橙子。
閉じた瞼から涙を零して、息を乱す彼女に「彼」が不安の色を滲ませて、顔を寄せた。
「ま、マスター? そ、その」
「―――命令、違反だ」
瞼を開けた橙子は怒気と恥辱で充血する瞳でじろり、と「彼」を睨む。
「え・・・?」
「―――「優しく」と言ったのに」
荒い息のまま、蕩けた瞳のまま。
意味もわからずに、主人を見つめる「彼」を、責める橙子の言葉は、拗ねるような響きを帯びていた。
まるで少女のような儚く可憐な言葉の響きに、
胡乱な思考のまま、それでも「彼」は頭を下げる。
「す、すみませ―――んぐ?」
その隙を狙い打つように、橙子は体を起こすと、
「彼」を先ほどのお返しとばかりに、押し倒し、組み伏せた。
そのまま、「彼」に覆い被さり荒々しく、舌を吸った。
唾液を奪い、流し込み、また、奪う。
呼吸することも忘れて、ただ、求めあう。
「…っはぁ」
唾液が糸を引き、落ちる。
「罰として、私が君を犯す」
交叉する視線。そのどちらももはや、理性の光を放たない。
ただ、お互いに、その時を求めていた。
やがて、橙子が、腰を浮かした。
そして、「彼」のモノの上へと体を動かす。
「んっ、あ―――」
射精していないのが不思議なほど、熱くたぎった男の性器。
触れただけで、激しく痙攣するのに、決して果てようとはしない。
自分だけが彼の舌戯で、果てた悔しさが一瞬頭をかすめたが、
それさえも直ぐに、これからの行為への刺激へと変わる。
「マスター……」
「そのまま、じっと……動かないで、いいから……」
焦れ、すがる声に頷いて、「彼」の先端を自らの秘部にあてがう。
そして。
「―――んっ」
ゆっくりと、息を吐きながら腰をおろす。
蜜にぬめる肉襞が、灼ける肉の棒を包み込む。
「くっう」
どくどくと脈打つ肉の塊が、橙子の中を熱く灼きながら、悲鳴をあげる。
「っつ、はっ――――んぅ」
久しぶりに味わう、男の感覚。
しかし、それ以上に、橙子を酔わし、乱す何かが「彼」との行為にはあった。
「ん―――ぅん、んん―――」
びくびく、と乳首が揺れて、閉じた橙子の瞼から、こぼれる一滴の涙。
まだ動きもしていないのに、ただ、「彼」を包み込んだだけで
果ててしまいそうな痺れが全身を駆け巡っていた。
軽くした唇を噛み、その衝動に耐える彼女の耳に、
泣きそうな「彼」の訴えが、届く。
「…ま、マスター、わ、私―――」
「―――眼を、閉じて。すぐ、良くなるから」
呟くように優しく命じて、
ゆっくり、橙子が腰を動かし始めた。
「あっ、っく―――」
「ん、―――っくぅうぅ」
ゆっくり、そして、徐々に早く。
「――――うぁ」
「……っふ…ぅ―――はぁっ…う―――」
下唇をかみながら、それでも、彼女の唇から声は零れた。
自らの秘肉を、『彼』のモノをかき回す度に、背筋にまるで電流のような刺激が走った。
ぱんぱん、と肌と肌の打ち合う音が次第に大きくなる。
壊れそうな快感にどちらも怯えながらも、しかし、それを求めて行為は激しさを増す。
「マスター……、マスター」
「あぅ?!」
うなされるような声と共に、「彼」の両手が伸び、橙子の胸を鷲づかむ。
「やぁ…こ、こら…じ、じっと―――ひっう?!」
予期しないその刺激に、「彼」の上で仰け反る橙子。
しかし、二人の腰の動きはもはやそんなことではひと時も止まりはしなかった。
「っぁ、ふぅ、あっ……あぁあ!」
襲い掛かる感覚の波に、耐え切れなくなったのはどちらが先立っただろうか。
「う、あ―――も、もう―――!!」
「あぅ、ん、あ―――くぅ…う―――!」
『幹也』は橙子の腕を乱暴に、引き寄せ。
橙子は『幹也』の胸へ倒れこみ、両腕でその首に抱きついた。
「マスター、マスター、マスター!!」
「―――あ、ぁ……は、ぁ――――あぁああ!!」
互いに、互いの躯を、強く、両手で掻き抱きだく上半身と。
互いに、互いの秘部を求め、にうねる下半身。
「ん、あ、はぁあ―――!」
堅くなった乳首が、汗で塗れる男の胸に触れ、押しつけられる度、
「あ、…くっ―――ひっ、ぐぅううぅうう」
充血して汗と唾液と、溢れ出る液にまみれたクリトリスが擦れる度。
「あ、っは、あ――――あぁぁぁああああ」
互いの腰の動きに、膣が抉られ、愛液があふれ、こぼれる度に。
理性という名で、幾重にも張り巡らされた鎖は、溶け、解れ、消える。
ただ、快楽を、快感を、喜びを、悦びを、ぬくもりを、求めて。
男は女を貪り、女は男を喰らい尽くすように、相手をもとめて抱いた。
「あ、っぅ、ま、マスタぁ、ああぁ」
「あ、あっ、あああああっ―――」
ただ、抱きしめたくて、固く相手の首に回した腕は、
全てを求めるように、相手の体をまさぐった。
肌に触れる、相手の息さえ、脳を融かすように刺激した。
だから、それさえ欲しくて、二人は再び、相手の口腔を貪り、求めた。
灼けるような舌と舌を絡めて、突き入れ、唾液という唾液を奪い、飲み、
こぼれる息を、捕らえて、吸う。
「ん、あ―−―−―−」
「ん、ふ―――ぁ、あう」
しかし、もう、長く舌を絡めることも、出来なかった。
「ま、マスターぁあ、あ、あ!」
抱きしめあう二人。
求め合い、慈しみあうように腕と首を絡める上半身を嘲笑うように。
壊し、壊されることを願うようにその下半身だけは、激しくうねり、動く。
肌が肌を打ち、肉が肉を抉り、熱い蜜がこぼれ、掻き出されて、互いを穢す。
「あっ・・・ま、マスター・・・も、もう」
どちらも、もう、限界だった。
切り離した理性に、頭の芯が溶けていく。
「だし、て―――、その、まま―――っうぅ!」
彼の首に抱きつき、固く眼を閉じて橙子は言った。
命じるように、あるいは、請い願うように。
もう、彼女自身も限界だった。
熱く、橙子の中をかき乱す「彼」自信が、びくびくと悲鳴をあげていた。
「マスター、マスター、あ、っ、っく、あっ!」
「うっ、あ、あっく、ふっ、っくううぅうう」
互いを掻きだいて、しがみつき、津波のように湧き上がる快感に耐える二人。
果てたのは「彼」が先だった。
どくん。
一際大きく、脈動して、その性器は耐え堪えてきた悦楽の成果を全て、橙子の中へ吐き出した。
熱く、溶けた精液が、瞬く間に橙子の膣内を満たし、刺激して、溢れていく。
その感覚に。
「あっ―――ああ、あああぁぁぁぁぁああああ!!」
「彼」からほんの少しだけ、遅れて、橙子もまた、達し―――しばらく、意識を失った。
どろり、と零れる性交の証をそのままに。
/
「…あ…はぁ…」
乱れる息のまま焦点を失った目で闇を見つめる「彼」に、
微笑んで橙子はそっと、手のひらをその瞼にあてた。
「そのまま……眠って」
慈しむような優しい声は、しかしどこか哀しく告げる。
「次に、目覚めたとき―――君は、何もかも忘れている」
その言葉の意味。
「必要な感覚、知識はもう、その体に刻んだ。
あとは、消える。空への渇望も、彼への想いも。
全て忘れて君は―――ガランドウに、なれる」
それがわかっていないのか、あるいは聞こえていないのか。
「彼」はただ橙子に瞼を閉じられたまま、息をするだけ。
「―――済まないな。女として、やり直しさせてやれなくて」
浮かぶ橙子の微笑みは、どこか自嘲を含んで、寂しげな色に染まる。
「 人としての生さえも、与えられてやれなくて」
人形。ヒトガタ。
それは人でなく。命でさえなく。
人のカタチをしただけの贋物。
そう、魔術師にできるのは人形として「彼女」の名残を存在させることだけ。
あまりに薄れていた「巫条霧絵」という魂の残滓。
それを「黒桐幹也」というヒトガタに押し込めたその行為に意味があるのか。
「―――答えはイエスでもあり、ノーでもある、か」
式に告げた言葉を思い出して、皮肉な笑いが口元に浮かんだ。
答えはなどはっきりしている。
意味など―――何もない。
あるのは目的だけだ。
人形を作ると言う目的とそのための儀式だけ。
「彼女」の魂を、「彼」の形を押し込めるために必要だといった儀式。
女としての快楽。男としての快楽。そして、その結合。
その二つを融合することで、この不完全な人形は、不完全ながらもカタチを成す。
それが必要だといったから、式は橙子の要請に従った。
でも、それは嘘だ。
そんな儀式など、必須ではない。無駄ではないが、必須ではないのだ。
魂の残滓の固定は「黒桐幹也」というヒトガタだけで充分だった。
だから、この行為に意味があるとすれば―――それは。
「供養、か」
あるいは、ただの感傷。
外を想い、出れず。
空を想い、飛べず。
人を想い、愛されることなく死んだ少女。
その魂の亡骸に、せめて、その想い人に抱かれる想いを伝えたかった。
ただ、それだけ。
それだけの、感傷。
「彼女」の残骸をヒトガタに整えたところで、
それはもはや「巫条霧絵」とは何の関係も持たない、道具。
だから、やはり意味など無い。あるのは、感傷だけ。
感傷に、意味など見出せるはずもないから。
でも、それでも。
「君は、もう人形に過ぎない。でもね」
答える声は既に無い。
ただ息をするだけの人形が、そこにあった。
人形は、人形。死者は、死者。
所詮、命には至らない。
だが。
「巫条霧絵の人生を狂わせた魔術師。
それを破滅させたのはね、人形なんだ」
「黒桐幹也」の頬を撫でながら、
かつては「巫条霧絵」であったモノに、そう告げる。
『―――それでも、この心は、本物なんだよ』
かつてそう叫んで、消えた一つの人形がいた。
自己を贋物と認識してなお、本物と信じた人形があった。
それは奇跡のような出来事。
望んで導ける類の現象ではない。
魔術師は、奇跡を起こせない。
ただ、奇跡を願うだけ。
気の遠くなるような繰り返しと積み重ね。
時を重ね、血を継いで、想いを繋いで、無限の無為の中に生まれる、その奇跡を―――願う。
だから、今は、願い。祈った。
「お休み。名前の無い、人形。
願わくば――――」
祈るべき神も、祈るべき心もないけれど、今は、彼女のために、ただ、祈った。
「――――願わくば、君の心が本物になれますように」