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「昨日はお疲れさん」


翌朝、二人で出社した僕と式を、橙子さんのそんな言葉が出迎えてくれた。

どういう意味での「お疲れさん」なのか。
その顔に浮かぶ邪悪な笑みをみれば、あえた尋ねるまでも無かった。

「……あのですね」
「トウコ」
ぴくぴくとこめかみが痙攣するのを覚えながら、所長に詰め寄ろうとする僕を
式が静かに―――でも耳を赤くしながら―――遮った。

「あいつは、どうした」
「ああ、もう出荷したよ。金輪際、もう二度と会うことも無いだろう」
真摯な式の言葉に、さらり、と橙子さんはそう答えた。
しかし、その言葉の響きに、僕は自分の眉がよるのを自覚する。

「出荷って、そんな言い方は―――」
「気に入らないか?
 しかし、人形なんだから、『出荷』は適当な語彙だろう」

「適当かどうかは分かりませんよ。
 大体、今回の一件はなんだったのか。僕はさっぱり理解してないんですから」
「理解しなくてもいいさ。言うなれば些事だ。
 ついでに言えば、君には関係ない方面の話だからな。忘れて構わないぞ」

「忘れて欲しかったら、元々、あんな姿にしないで下さい」
「必要悪だぞ、あれは」
「理由は聞きませんけど。反省はしてください」
「……了解」
にやにやと人の悪い笑みを浮かべて、橙子さんは軽薄そうに頷いた。
理由を尋ねない僕を見て、いろいろと余計な詮索とか妄想とかをさぞや膨らましているのだろう。

…全く、この人は。

いつものやり取りを繰り返す僕と所長。
その間に、式の真摯な声が滑り込んできた。

「―――トウコ」
「うん?」

「あいつは、人形か」
「ああ、人形だよ。おかげで、『ちゃんと人形に』なれた」

「―――そう、か」
冷たい、でもどこか労わるような橙子さんの言葉。
ほっとした、でもどこか痛ましい式の声。


いつもと同じ。でもいつもと違う二人の交差。
それにほんの少し、不安を感じて、僕は口をひらく。


「橙子さん。一つだけ」
「何だ?」
「この一件で、不幸になった人は居ますか」
「君以外には、いない」
即答だった。加えて断言だった。

そして、いつもの人の悪い、底意地の悪そうな、邪悪な―――橙子さんの笑顔だった。

だから。

―――だから、良しとすることにした。


「そうですか」
頷いて、席につく。

理由を告げてくれない所長の理由。
事情を教えてくれない式の、事情。

僕が二人を信じているのなら、それは今は訊かないでよいことに思えたから。
あれは、必要なことだったんだと、信じることにしよう。

『君以外には、誰も傷ついていない』
僕が橙子さんに不幸を背負わされているのはいつものことだから。
つまりは、誰も傷ついていない、そういうことになる。


「式」
書類を広げ始めた僕の視界の端で、橙子さんが式を呼んだ。
煙草に火をつけながら、言う。

「世話をかけた。ありがとう」
「―――ああ」


交わされた二人の言葉。
それは、どこか寂しく響いた。そんな気がする。


でも、それでも今は構わない。そう、思った。


僕の信じた女の子。
その眼に、昨日の涙は、もう浮かんでいなかったから。







書類を広げ、取引先の名前を一覧しながら、ふとした思いが頭に浮かぶ。


「彼」に関する事情も。
「彼」自信の気持ちも。
「彼」のその行く末も。

僕は何も知らないから、せめて。


せめて、祈ろうと思った。


名前も、想いもしらない、彼の未来に―――信じられる誰かと、微笑んでいれますように、と。



<了>

 



須啓です。

両儀“色”祭への参加……ということで、らっきょSSでは初の18禁ものに挑戦してみましたが。

なんちゅーか、なんちゅーか、なんちゅーか、ちゅうSSになっております。あう。
我ながら、ツッコミどころ満載で、どこから突っ込むべきか迷うくらいに(汗。

「幹也×式のえっちしーんが、何故ないのだあ!!」とお思いの方もおられるかもしれませんが。
「エロ描画を二シーンも入れるほどの、エロワードが私の語彙の中にない」というのが致命傷でしょうか。

エロシーンにしては文章が単調で、こう、燃えるものがないあたり自覚しているのですが、なんとも語彙がなくて。
幹也人形君のピーをどう描写しようかなあ、というあたりが結構悩んでみたりしてました。

肉棒ってなんか、響きがアレだなあ、とか。

他の“色”祭参加作品のレベルの高さに見て指をくわえるながら、そんなことに頭を悩ませてました(笑。

ああ、なにか「あとがき=言い訳」になっているので、この辺で失礼を。

なにわともあれ、空の境界初の18禁祭り。
瑞香さん、お祭運営大変でしょうが、頑張ってください。

つたない作品ですが、お祭を賑わさすために末席を汚させていただければ幸いです。では。


2003年5月。 須啓。

 

両儀“色”祭SS置き場へ。



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