「……まったく、式ったら」 鮮花は口をとんがらせる。 「なにかいいたいようだな、鮮花?」 ソファーに背筋を伸ばして座っていた式がちらりと見る。 「ふたりとも……」 幹也が図面を書く手を止めて、仲裁しようとする。 いつものドタバタ。 青い三人組。 くくく、とつい笑いをもらしてしまう。 なんともいえない青いヤツらだ。 それが癇に障ったのか式がこちらを見る。 冷たい視線。 「楽しそうだな、トーコ」 「あぁ」 わたしは頷く。本当に楽しかったから。 傷んだ赤 田舎 最初の感想。 このヒースロー空港は牧草地の真ん中にある。 青々とした草原と羊と牛。それにアスファルトの道だけ――。 なんていうか、日本じゃ考えられない光景。 そして肌寒くて体に震えが走る。 暖流の関係で寒くはないはずなのに、やはり緯度は日本より北極よりなだけのことはあるわ。 ブリティッシュ・エアウェイズの日本と英国の直通便から降りたのは、GMT午前11時のこと。 直通でも12時間もかかるという長旅。 ペタペタとステッカーを貼った自分の胸の高さまである大きなトランクをひっぱって――ひっぱられているということを言う人もいるけど――玄関をでたときの感想が、田舎、だった。 冷たい空気が肌をチクチク刺激し、吐く息を白く結露させる。 ようやく着いたというのがわたしの感想。 在りし日の帝国。 大英帝国と自ら名乗り、女王を掲げた国。 古のケルト民族が住み、ドルイドが血で贖う儀式を織りなし、ストーンヘンジが立ち並び、妖精を「良き隣人」と呼ぶ、旧き良き土地柄。 暖流と寒流が入れ混じった気候の関係で霧や靄が発生しやすく、人は「霧のロンドン」とよく言う。 旧きプラハの街角を思わせる暗鬱な街角。 晴れれば見目麗しく映えるであろう建物も今は暗く陰気そうに、灰色で統一されていた。 そんな場所にわたし、蒼崎橙子はいた。 黒く長い髪をはらって、しずしずと歩く。 ついその歩き方に笑ってしまう。礼園女学院で淑女として躾られた歩き方だ。 もしかしたら、外出着に選んだ礼園の制服が悪かったのかもしれない。 でもこの基督教系の女学院では、この制服は尼僧服に近いデザインをしており、黒い礼服に機能性をほんの少しだけもたせたもの。 しかしこれならば敬虔な基督教徒ならば話しかけてこないし、無口でいても不思議がられない。 それになにより――これで一番重要なことですけど、わたしによく似合っていたから。 腰よりも長い黒髪と日本人離れした白い肌とこの黒い礼服のコンストラクトはとても気に入っていて。わたしは日本にいたころから、よくこの服を外出着にしていた。 日本からはトランクひとつで何も持ってきていないつもりだったのに……。 まぁ、いいでしょう。 気を取り直すとトランクをひきながら、どのような形式で目的地にいくまで考える。 チューブ(地下鉄)? バス? はたまたエアバス? 時間を無駄にしたくなかったので、タクシーを選択。 もしかしたら、これから住む町並みを見たかったのかも知れない。 タクシーとかかれた場所にいくと、黒いオースチンが止まっていて、一安心。屋根の上にはTAXIと黄色いサインがでている。 運転席を覗き込むと、ゲジゲジ眉毛の鼻の大きな赤ら顔の運転手だった。顎髭をきちんとたくわえていて、愛嬌のある顔をしている。 にやけてアメリカナイズされた運転手が、どこへいくんだい? と尋ねる。 いくらアメリカナイズされていても、その言葉がソーホー訛のあるキングズ・イングリッシュだったことに、初めてイギリスに来たのだということをじわじわと実感した。 「すみません」 わたしも完璧なキングズ・イングリッシュで答える。 その発音に、運転手はひゅ〜っと口笛を吹く。下品なはずなのに、その運転手の笑みで相殺される。たぶん、この運転手は人柄の良さがでているためだろう。 「行き先は大英博物館です」 「了解」 そういってタクシーのドアが開く。 「トランクは別料金だよ」 「わかりましたわ」 そうしてトランクを積み、乗り込むとゆっくりと発車する。 灰色の、どこか廃墟めいた町並みを車がすすんでいく。 廃墟めいた、といっても灯りはついているし人も歩いている。当然他の車もバスも走っている。 人々は色とりどりの――流行は赤色なのかその色をまとっている女性が多かった――服を着こなし、楽しそうにしゃべったり、走ったりしている。犬をつれている人が多いのが印象的だった。 廃墟に見えるのは天候のせい。 すべてに重くのしかかるような陰鬱な雲。 「お客さん?」 運転手が話しかけてくる。話かけてこさせないための制服だったのに……でもわたしは英国に来たという興奮のためか、つい応対してしまった。 「なんでしょうか?」 「英国へようこそ。観光かい?」 「いいえ」 「――というと」 「就職よ」 「へぇ!」 運転手は二度目の口笛を吹く。 「あんた東洋人だろ? 中国人かい? それとも――」 「日本人よ」 「あぁ!」 感嘆を漏らし、演技過剰なまでに首をふる。 この運転手はあまり前を見ていないのがよくわかるけど、慣れているのか運転に乱れたところはなくて一応安心。 「この車のエンジンも日本製さ。スゴいところだね、日本ってさ。さすが東洋の神秘の国だよ」 「ありがと」 やんわりと運転手の言葉を遮って、わたしは外をぼぉっと眺めた。 曇っていて、蒼空ひとつ見えず、すべてが灰色に覆われていた。 まるで雨が降りそうなほど。 いえ――いっそ雨が降ってしまえばすっきりするのに……。 それでも運転手はしゃべり始める。 「大英博物館へって待ち合わせかい? てっきりミサにでもとばっかり……」 「そこにキュレイターとして就職するのよ」 「って、博物館に?」 三度目の口笛。 その口笛からインテリだねぇといいたげな声がにじんでいた。 インテリ? なんて陳腐な言葉。 このデジタル全盛の時代にアナログかつアングラな世界に住む魔女に対してインテリだとは、とつい苦笑してしまいました。 そう、魔女。 魔術師。 女魔術師。英語ではソーサレス。女妖術師、というところ。 ――けっして魔法使い、ウィザードでもマギウスでもない。 そう――わたしはただの基督教の礼服を着た新米の魔女だった。 テームズ川を超え、視界の片隅に写るビックベンを眺めている。 静かな車内。 自分の思考に埋没していくことだけがわかる。 わたしのしたことになんの後悔もしてません。 わたしは魔術師。 人間の倫理に左右などされない存在。 それでも。 あの最後の言葉が胸に突き刺さっている。 もし心が現実に存在するのであれば、その言葉は小さな魚の骨のようにかすかに刺さっているのが観察できたでしょう。 ソレがチクチクと痛む。 心がどのような形をしているのか、わたしは興味はなくて。 あるのはただ――「 」に至るということだけ。 それがわたしの命題。 車が完全に止まる。 視線がふと運転手へと注がれる。 「ついたよ」 「ありがと」 わたしが降りると、トランクを出してくれた。 料金として告げられた40ポンドだけわたそうとして、思い出してチップの4ポンドをくわえる。そうここは日本ではなく英国。郷には入れば郷に従え。運転手はそれを仰々しく受け取ると、 「じゃあ、お嬢さん、好運を」 そうしてタクシーはそのまま走り去る。排ガスくさい臭いの中、わたしは大英博物館の前に降り立った。 ここ大英博物館という表の顔の裏に秘蹟の学院がある。 わたしはそこに留学し、魔術を……いえ魔法を会得するために来た。 お金も実績もないわたしは、寄らば大樹の陰、のことわざのとおりに、ここ英国の魔術学院へ連絡し、留学許可を求めた。 そうしたら、返答はただひとつの単語のみ。 British Museum だからわたしはここまでやってきた。 もちろん、入学して、魔法使いになるため。 初めてみるこの大英博物館は圧倒的な威圧感をもって、わたしを迎えた。 白く大きな建物。ただただ大きな建物。 建築やデザインに興味があるわたしにとって、その圧倒的な威圧感は好奇心をそそる存在だった。 最初はごちゃまぜにした印象を受ける。でもきちんと注意深くみているうちに、とある意志のもと統一したにデザインされているのがわかる。 博物館というイメージのためか様々名場所の特徴をあえてデフォルメしていっているところとか、興味がつきない。 そのまま歩を進め、中へ。 観光客の雑踏の中、その広さを実感。 天井は高く、照明は光量が押さえられ、劣化させる紫外線が出ない美術品用の特殊蛍光灯で照らしているのがよくわかる。その照明も注意深く配置され、通路からは見やすく、しかしきちんと陰影をもってみえるように、絶妙のバランスに配置されていて。その手のプロの仕事にわたしはほぅと息をもらしてしまう。 雑踏の声や雑音も天井が異様なほど高いために空間に吸い込まれているため、まるで回りの音が亡霊の囁きのよう。それほど遠くに、虚ろに聞こえる。そのために鑑賞するにはもってこいの環境。 伊達に全長4kmもない、とわけね……。 増改築を常に行っている理由がそれ。 常にどこかの場所が工事されている博物館。修繕されあるいは増築され、その時の博物館のテーマにそった陳列物がどこからかひっぱりだされて置かれいて。 博物館であるために、いろんなものがジャンルごとにおかれているけど、今回は2階が木乃伊展のようで入り口に大きくポスターが貼られている。 陳列されている展示物を見もせず、2階へ。 ヒールのカン高い音さえ、空間に飲まれていき、心地よい。 こういう建物を維持し常にイジってよいということは、楽しいことなのでしょう。 もしいじってよいのでしたら……。 ついそんな想像にふけってしまう。 まだ学院に入学したわけでもないのに、そんな想像にふけってたしまうなんて……。 でも入学できる自信があった。そう、わたしはこの業界――この狭い魔術師もやはり「業界」というのでしょうね――でも異端として知れ渡っているアオザキの血筋なのだから。 白磁の階段を上りきると、ガラスケースの中にエジプトの木乃伊が並んでいた。 薄暗く誰もいなければホラー映画のようなのでしょうが、あいにくここも人が多く、照明もついていて、ただの陳列物といった感じ。 制作されたミニチュアのエジプトの神殿が置かれ、色々解説されています。 ヴィトリア王朝時代には木乃伊の解体がひとつの出し物として公開されいたといいますから、たぶん現存する綺麗な木乃伊は非常に価値が高い……と思うわ。 棺がたてられて、蓋が開けられ、その骸が晒されている木乃伊たち。 写真をとっている観光客が目立ち、フラッシュで幾度もたかれ、目がチカチカする。 でもそのまま木乃伊を視ているうち、アストラルに投射されたグリフが脳に飛び込んでくる。 鮮烈な赤色。 血のような赤で “ようこそ、入学希望者よ”とただ一言。 これがイギリス流のユーモアというやつ? 「ようこそ、ミス・ットーコ・アゥザキ」 トとアオいう発音ができないのか、英語風にやや巻き舌気味に呼ばれる。 声がかけられた方をみると、そこには体格のよい女性。まん丸にふとっているが、愛嬌たっぷりでお茶目な表情を浮かべている。紙は赤毛の巻き毛で、眼鏡をかけている。バケツサイズのアイスクリームがよく似合いそう、と不遜なことを考えついてしまうような女性。 目を瞬かせると、にっこりと笑った。意外とチャーミングな笑顔で品がよさそうな女性に見えた。足下にはころころ太ったヨークシャーテリア。 「はじめまして――」 「わたくしの名はマーガレットよ」 「ミズ・マーガレット」 しかし互いに友愛をしめすために手を差しのばすことはなく――。 「では試験です」 とたん、意識をアストラルに投射する。 すでに用意されていたのか、アストラルにコロシウムが形成されていた。古代ローマの闘技場で、芸の細かいことに観客もそろっていた。オーラの色がそれぞれ違うから、このコロシウムのような制作物ではなく、他の――たぶん試験官達――アストラル体だとわかる。 コロシウムは沈黙に包まれていた。古代ローマのような熱狂的な雰囲気はない。ただ突き刺さる視線の数々だけが、この場を支配していた。 ミズ・マーガレットのアストラル投射は剣闘士の姿をしていた。2匹の馬にひかれた戦車に乗り、手には槍と盾。筋骨逞しい体には鎧はなくただトゥーガが巻かれただけで、その膨れる筋肉を見せつけていた。頭にはローマ風の兜。赤い鬣が映えて見えた。顔は暗くみえない。いや作ってないのかも知れない。ただ黒く虚ろな兜の奥から爛々と輝く目だけが見えていた。 通常アストラル体を投射した場合、その人の攻撃性や防御性といった“本質”がそのままでる。アストラル自体が心の鏡だから。 ミズ・マーガレットはこの場にふさわしいように剣闘士を選んだのだろう。なかなか勇ましい姿をしていて、攻撃性も発揮されている。 しかし観客の目はわたしのに注がれていた。静かだった観客席にざわめきが走る。 そこには蒼黒い猫科の猛獣が立っていた。 黒く影を切りとったようなもの。のっぺりしているくせに光があたるところは蒼く輝き、しなやかに鋭かった。黄色い目がギラついていた。 それがわたしを投射したものだった。わたしの攻撃的なところすべてが抽出されたような、恐ろしい姿。黒い賭のような姿から豹のようにも見えるが、やはり肉食獣としか呼びようのないものだった。 しかしそんなことを観客が驚いたわけではない。 この肉食獣という姿のためである。 通常アストラル投射体は人型をとる。なぜなら投射した魔術師は人間だから。人間として思考し、人間として行動し、人間として戦うからのが常。 なのにわたしの投射体は四本脚の獣。 それだけでわたしの実力がわかるというもの。 ミズ・マーガット――いや剣闘士の爛々と輝く目に怯えが走ったのを見逃さない。 アストラル投射体であるゆえに心の動揺そのまま投射体に影響する。より強く、よりはっきりとイメージでき、相手のアストラルイメージを打ち壊すことができた方が勝利というわけ。 わたしは舌なめずりしながら、相手を観察。 一歩踏み出そうとした時、戦車が突然突進してきた。 戦い慣れしているわね。 こちらの先の先をとられた。 踏みだそうとしたために体重が分散して体勢を崩している。 一気に戦車は来る。 アストラルでは空間は意味がない。 意志の強さがその距離を決定する。物理的なものではなく、精神的な距離。 そして灼熱する槍が唸る。 跳躍して避ける。 三本脚で地を蹴り、そのままひねる。 灼熱する穂先の熱さが脳髄で感じられる。 魔術回路がうなりをたてている。魔術回路といっても、イメージ的なものである。 訓練によって脳とアストラルとエーテル空間に創り出す、自分のイメージ。魔術を行使するために必要な“自分だけの法則”。それがこの戦いで稼働しているイメージが浮かび上がる。 そのイメージにわたしは集中する。 そして戦車は空を駆けて、昇ってくる。そう物理的な意味は存在しない。 わたしは待ち受ける。 唸りをあげてせまる戦車。わざわざ砂埃まで車輪から舞い上がっている。さすが。その迫力だけで三流の魔術師は萎縮してしまうでしょうね。 体を縮ませ、力を貯める。 戦車は圧倒的な大きさとなって迫る。 まだ。 目に映るのは戦馬と戦車そして剣闘士だけ。 馬は狂ったかのように口から泡をふき、筋肉の脈動どころかそのドクドクと流れる血潮まで感じられるほど。 まだ。 そしてそのまま蹄にかけてひき殺そうとする。 前脚が大きくふりあげられ、戦車の下に――。 ――――いま。 アストラル体はしなやかに伸び、馬の喉笛を噛みつく。 そして開いている前脚の爪でもう一頭を引き裂く。 わたしの引き裂いたというイメージと相手のひき殺したというイメージがぶつかり合う。 よりつよく詳細にイメージする。 さかれる喉。 流れる血。 動脈が切れて、まるで噴水のように飛び散る血潮。 ひきつる筋肉。 痛み。 痛覚をもっと刺激する。 息ができない。 そう。 強い刺激であなたの心臓の鼓動はもっと早くなる。 狂おしいほど強くなる。 パンクしそう。 引き裂いた方は、体毛が、皮膚が、脂肪層が、筋肉の繊維が、毛細血管が引き裂かれる。 いやもっと。 骨までとどく。白くてらてらとした骨も、軟骨もこの鋭い牙が届く。ガチガチ鳴る。でもかまわない。ガチガチと噛み、食いちぎる。 しかしそこに別のイメージが入り込んでくる。 戦馬の蹄にかけられて、頭蓋骨がわれる音。脳髄がかき乱され、灰色のそれが飛び散る様子。手足がバラバラに引きちぎられ、ボロ雑巾のようにコロシウムに転がる。 違う。 イメージをもっと喚起する。 栗毛の馬が泡を吹き、音を立てて倒れる。 獰猛な肉食獣のソレはみじめに引きちぎられ――。 違う。 戦馬の口の泡が赤なって、ごぼこぼという。 自分の吐いた血の海で溺れ死んでいく。 ギラギラと輝いた猫科の瞳がとびでて、ころころと転がっていく。 違う!
わたしのイメージが相手のイメージを浸食する。 そう。わたしのネコは影。血などない。まして骨など――。 否定する。否定する。強く否定する。 相手のイメージをバラバラにして矛盾点を突く。そうして相手の喚起したイメージを崩し、破り去る。 ひび割れた硝子のように、猫科の肉食獣が倒される光景は砕け散ると、そこには――。 二匹の馬が倒れ、戦車から放り出された剣闘士がたっていた。 しかしその剣闘士の目には怯えと疲労が見えた。 ミズ・マーガレットの魔術回路に打撃を与えたのは確かだった。 イメージの喚起が不十分で、剣闘士の細部があやふやになっている。筋肉もただの肉のようになっているだけで、今さっきまでの雄々しさはない。 わたしは――いやわたしの肉食獣は――ニヤリと笑い、飛びかかるチャンスを伺っていた。 剣闘士は盾をかまえ、こちらの攻撃をそらそうとしている。 あんな盾など――――――。 盾が粉砕し喉笛を噛みきられる剣闘士。 盾が弾かれ、哀れにすすり泣く剣闘士。 槍をもつ右手が食いちぎられ、盾しかなくうろたえる剣闘士。 アキレス腱がちぎられ、立てずにはいずり回る剣闘士。 それらのイメージを喚起して、相手にぶつける。 おののきが伝わってくる。 わななきが伝わってくる。 なんて甘美な――意識。 目を細めて相手にニラむ。 目の前にいるのは、ただの怯えたかわいい子羊。 どのように屠ってさしあげましょうか、と喉を鳴らした時――。 そこまで
澄んだ意識がアストラルに響く。 とたん、剣闘士の姿が消える。 意識が声をかけた方に向く。 そこにはぼんやりとしたオーラの姿があった。 ――――ようこそ、ミス・トーコ・アオザキ―― マーガット女史と違ってきちんと発音する。 ――――当学院はあなたの留学を認めます―― ――認めます ――認めます 観客席の審査員からの同和の声。 ――――貴方は何を学びますか?―― 威厳のあるアストラル・ウェーブ。たぶん学院長のアストラル体からの波動。 わたしは一応うやうやしく敬礼すると、一言。 ――ルーン魔術を専攻したいと思います―― ――よろしい。では勉学に励みなさい―― とたん客席からアストラル体が次々に消えていく。わたしも意識を地上界に戻す。 時間にしてほんの1、2秒。 魔術師でない者では気づくこともない刹那。 アトスラルでは時間さえも意味がない。 目の前には脂汗にまみれたマーガレッド女史が荒い息をしながら立っていた。 顔は青ざめ、唇が震えている。 無理もないわ。 この魔術師同士の決闘は、ヘタをすれば魔術回路の焼損につながる。それは魔術師としては廃業を意味する。 それでも先輩としてか案内人としての意地なのわからないが、マーガレットはわたしに笑いかけてくる、震えながら。 「ようこそ、ミス・ットーコ」 その根性は立派なもの。……もっとも後輩に弱みをみせたくないだけなのかもしれませんけど。足下でヨークシャテリアが駆け回っていて、うざったくて仕方がなかった。 「わたくしは、そして学院は、あなたのような実力者の入学を歓迎いたします」 そうしてようやく友愛をしめすために左手を差し出してくる。 そう魔術師だから左手。右手ではない。 わたしも応じて左手を差し出し、その指先で神秘的な印をふんでいないことを示しながら、握手する。 「ところでわたしの師となる者は誰ですか?」 そういうとミズ・マーガレットはにっこりと貴婦人の笑みを浮かべる。 「それはわたくしです」 「――…え゛……」 なんていうか、間の抜けた声こんな声を出すのは、礼園以来。 そしてマーガット女史の目の前の見事なまでの笑み。そこにはしてやったりの笑みがあった。 「わたくしが図書館の司書をやっていますのよ」 ……入学そうそうやっかい事を背負ってしまったわ、と心の中で嘆息した。 |