セイバーの日々

今日も夜の散歩に出たらしい式を追いかけるように、彼女の部屋を出た。
月もなく、重苦しい空から、雨が降り始めたからだ。それが夏の終わり。
まだまだ昼間の日差しは夏を思わせるが、冷たい雨は容赦なく体温を奪う
そんな、人恋しさが目覚める季節。

川縁を歩いている式をようやくのことで見つけ(こういうとき、秋隆さんから
もらった「式探知機」は役に立つ。どういう動作原理なのかは怖くて聞けな
かったんだけど)後ろから傘を差しかけた。式はそこにいる僕を確かめて、
安心したような、困惑したような笑顔を投げかけた。

「こんなのを拾ってしまったんだけどどうしよう?」

式の足下に、生気を失ったような、でも、言葉にするのもはばかられるように美しい
女の子が一人倒れている。暗闇をそのまま照らすような、豪奢な金髪。
雨に濡れた身体は、かすかに震えているようだ。

軽く頬に手を触れてみると、息はあるようだ。ただ、意識を取り戻す気配はない。

僕は式に傘を預けて、彼女を背負おうと試みる。
「どうするんだ?つれて帰る気か?」
ちょっと式の声が怖かったけれど、ためらう理由はなかった。
彼女の胸を、背中に重ねて、腕を僕の胸のところで組ませて、
立ち上がろうとする。小柄な割にはしっかりした重量が
僕の足もとをふらつかせた。式が、僕を支えて、そのまま傘に入れてくれる。
「浅上で懲りたと思っていたが、お前の学習能力は折り紙つきで皆無だな」
式はいつものように毒づいたが、その声はどこか穏やかだった。

「幹也、ありがとう。ほうってはおけないし、どうしようかと思っていた」

式が差す2本の傘に3人で入って、僕のアパートを目指して歩く。
それが、日付の変わる頃のこと。



彼女を連れ帰り、式に着替えを頼んで(式は当然のように和服を着せた)
部屋を暖めた。彼女は発熱しているでもなく、ただ昏々と眠っていたが
夜明けの日差しに、すこしだけまぶしそうに、瞳を開いた。
碧眼、意思の強さをたたえた蒼の瞳。
僕の、そして式の顔を見て、そして・・・安心したように、また眠りについた。

式にあとのことを託して、僕は仕事にでかけた。
彼女のこと、調べてなんとかしなくちゃ。


当然のことながら、名前も含めて見事に何もわからなかった。
こういう探し物にかけてはそれなりに自信もあったので、少々傷ついた思いを
したのはここだけの内緒だ。

家に帰ると、式が背後を彼女に付きまとわれながら台所に立っていた。
「こら、だめっ、セイバー!」

少し小柄な彼女は、仔猫が飼い主の足にじゃれるように
式の後ろからまとわりついていた。
「ただいま」

式と彼女の4つの瞳が同時に僕の方を振り向く。

「セイバーって??」
「こいつの名前・・・だと思う。一回だけ自分のことを指差して、せいばーって言ったから。
セイバーって呼ぶと、反応するよ。」

「セイバー」

彼女はうれしそうに、こちらを向いて眼を光らせた。
尻尾があれば、ぱたぱた音をたてて振っているに違いない。
「セイバー・・・SAVER? それとも SABERかな?」

セイバーはじっと僕の方を見つめているだけだった。
彼女は言葉を発しない。「話せない」のではなく、彼女の意思の力で
「話さない」のだということはなんとなくわかった。僕の言葉は通じているはずだ。
その瞳には確かな意思の光が感じられたから。

それから、式が用意してくれた夕食がはじまった。
セイバーの好みはよくわからなかったので、とりあえず、白粥と味噌汁。
出し巻き卵。 式の作る和食は、何をとっても絶品だ。 
しかし、セイバーは、悲しそうな眼をして、ふるふると首を横にふった。

知らなかったのだ、彼女が猫舌だということを。

しかし、駄目モトで出した、ハーゲンダッツのストロベリーだけは美味しそうに口にした。
「なんか嫌なやつだな、こいつ」
式は言葉とはうらはらに、楽しそうに笑った。


  セイバーは、式には一定の距離を置いていたが、、
  鮮花には何故かよく懐いた。幹也から「よろしく頼むよ」と頼まれて
  鮮花は複雑だった。休みの度に「伽藍の洞」へ出かけて、幹也の顔を
  見るのが彼女の生きがい・・・?なのだが、これで堂々と幹也の アパートに
  押しかけられるのだ。反面、彼女(そう、見た目は鮮花がコンプレックスを感じる
  ほどの美人だったから)が週の半分は幹也と一つ屋根の下で暮らしているのかと
  思うと、心中穏やかではない。

  猫は水が嫌いだ。セイバーも例外ではなく風呂を嫌がった。
  他の女であれば、そのまま無視もしようが、幹也と一緒にいる
  「猫」(そう、これは猫だ)が不潔なままというのも鮮花の勘に触った。

  そう、一回だけだからね・・・ 鮮花は幹也を部屋から追い出して
  (追い出された幹也は式の許にいくのだ。きっと)セイバーと一緒に
  風呂に入った。最初は浴槽に張った湯を警戒して唸り声をあげていた
  セイバーだったが、鮮花が浴槽の中から手を差し伸べると、
  恐る恐る、服を脱ぎ、足先から滑り込むように浴槽に入った。

  なんて、完璧な身のこなし。女子寮でクラスメート達の裸体を見慣れて
  はいたが、見ているこちらが気恥ずかしい思いをしたのは初めてだった。
  セイバーはそれでも不安なのだろうか、鮮花の腕に頬と豊かな胸を
  押し付けてくる。

  落ち着け、落ち着け・・・なぜか鼓動が速まるのを自覚しながら、
  鮮花はスポンジにボディソープを含ませて、ゆっくりとセイバーの首筋、背中・・・
  洗っていく。そういえば、この間藤乃とみた古いフランス映画のシーンみたいだ。
  マーロン=ブランドは好みのタイプとは程遠かったが、バスルームで
  女の身体を丹念に、愛情と執着の限りを尽くして洗い上げていく
  中年男の姿だけは印象に残っていた。身体の前に手を伸ばし、首筋から
  胸の線を洗い上げながら、鮮花の手は妙にぎこちなかった。
  
  「こ、ここから先は自分で洗ってよねっ」

  セイバーはきょとんとした眼で鮮花のことを見上げていたが
  意味は通じたのか、鮮花の手に手を重ねて、スポンジを使い
  全身を丹念に洗った。重ねられたままの鮮花の手は、
  あまりのことに硬直しっぱなしであったけれど。

  小1時間ほどして幹也が部屋にもどったとき、
  部屋には、洗い髪を鮮花に乾かしてもらいながら
  セイバーが鮮花のひざに顔をうずめていた。

  「仲良しなんだね」幹也の悪意のかけらもない
  笑顔が、鮮花には心地よかったが、どこか憎らしくもあった。




  今日から鮮花は試験休みだった。
  実家に帰る気もなく、鮮花は幹也の部屋へと急いだ。

  それは、晩秋、黄昏どきのこと。

  鮮花とて、それは、一人前というには程遠いかもしれないが
  そこは橙子師の弟子、魔術師の卵である。

  背後に、消えては現れる不審な気配を感じてはいた。
  炎の術には自信がある。倒すことはかなわずとも、逃げることくらいは
  なんとかなると思っていた。
  
  人気のない川原を急いでいたのが災いしたか、
  ここはかつて、両腕両足を断ち切られた首なしの
  死体がうち棄てられていた場所

  鮮花の前に、黒い影が先行する。
  人とは思えない迅さ、そして、長い耳、高くせりあがった鼻と
  むき出された犬歯。

  昔、絵本でみた赤頭巾を丸呑みにした狼を
  思わせた。 人? それとも獣?
  ほんの少しの躊躇いが、鮮花の反応を遅らせた。

  人狼の腕の一振りが鮮花の二の腕を裂く。
  力で倒すにも、速さでかわすにも、そして、一目散に逃げ出すにも
  相手の力は圧倒的だった。

  慌てて炎の召喚を試みるが、腕の痛みが意識の集中を邪魔して
  発火に至らない。鮮花自身は意識していなかったが、
  それは、相手が「人かもしれない」という畏れの感情が邪魔をして
  いたのかもしれない。「おまえに人は殺せないよ」式に言われた
  捨て台詞が脳裏を掠める。
   
  相手は狼だ、眼をそらしたら負ける
  鮮花は無傷の手にもっていた雑誌を丸めた。

  腕の痛みでともすれば拡散してしまうルーンを、丸めた雑誌の
  先に集中する。敵を炎に包むには不十分だが、燃え易い紙を
  発火させるには十分だった。普段はコントロールが苦手な鮮花だった
  から、この程度の紙は一瞬で灰にしてしまうところだが、
  痛みのせいでほどよく弱まった火力は、雑誌を松明に変えていた。

  「何分持つかしら・・・」
  人狼の鼻先に即席の松明を押し付け、鮮花は相手を睨む。
  狼の常として、炎は苦手とする。
  雑誌が燃え尽きて、鮮花が切り刻まれるのが先か、
  ルーンを回復させて、人狼自身が松明になるのが先か、
  これは分の悪い賭けだった。

  ふっ、と空間が揺れ、あらざる風が二人の間を吹きぬけた。
  「セイバー!?」
  鮮花の危機を察知して、幹也の部屋から走ってきたのか?
  それにしては早過ぎる。しかし、素手のまま、鮮花と人狼との
  間に割り込んだセイバーに、鮮花は死の予感を感じた・・その刹那 
    
  うそっ、
  セイバーの手には、5フィートはあろうかという長剣が握られていた。
  空想具現化? 橙子師から、話には聞いたことがあるが、
  これが、そうなのか? そこにはルーンが介在する余地すら
  なかった。 なんと圧倒的、これが、「魔法」というものなのか?

  5フィートの長さはセイバーの身長とは極めつけにバランスが悪いが、
  長剣を振るセイバーは、それがまるで自分の身体の一部であるかのように
  自然に捌き、そして振るった。
  
  人狼は、一人(一匹?)ではなかった。
  狼の群れが狩りをする如く、リーダーの指示のもとに
  十人余りが一糸乱れずに統率されていた。
  しかし、1:1ではもちろん、セイバーの繰り出す剣の前には
  1:2ですら、圧倒的にセイバーが優越だった。

  しかし、3体の人狼が重なり、セイバーの繰り出す剣に正面から
  串刺しになったその瞬間、剣を抜くまでの瞬間、
  セイバーの背後に一瞬の隙が生まれた。

  相手が人か、狼か、そんなことはもはやどうでもよかった。
  AzoLto−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−!!
  背後からセイバーの首筋に牙を打ち込もうと試みた
  一体は、空中でそのまま炭と化し、セイバーの足首を狙った一体は、
  両眼を焼かれて道端を転がった

  セイバーの返す刃が、そのまま眼を焼かれた人狼の頭を
  両断した。

  リーダーと思しき、最後の一体は、襲いかかってくることはなかった。
  背後から直死の魔眼に見据えられた最後の人狼は
  その存在ごと冥府へと送られた。

  「セイバー、鮮花、怪我はなかったかい?」
  あの日以来全力で走ることができなくなった幹也が駆けつけてくれた。
  嬉しかったのだが、式の前でもあったので、
  「あんた、遅かったじゃない」と式に八つ当たりしてみる。
  
  「鮮花がそんなにムキにならなくても、あいつだったら大丈夫だよ」
  そっけなく式が言い放った言葉に、鮮花は
  ・・・信じられないものを見た。

  セイバーの右腕は頭を割られた人狼の心臓を抉っていた。
  その強く輝く瞳は、何よりも雄弁に、彼女が決して
  家猫でなどないことを語っていた。大山猫、Lynx
  そして、その視線は式を捕らえて離さなかった。

  



  土手の上から、二人の少女がこのありさまを眺めていた。
  「私達が手を貸すまでもなかったみたいね。」
  「えぇ、そのようですわね。」  
   
  彼女の名は凛、そして、桜
  もうひとりの魔術師、そして、魔を追うモノ
  二人は音もなく、セイバーの前に舞い降り、
  セイバーの額を人差し指で軽くつついた。

  「お休みはもう終わり。そろそろはじめなくちゃ」
  「十分にお楽しみになりましたか?」

  こくりとうなづくセイバー。

  さっきまでの凛々しさはどこへいったか、
  とてとてと鮮花の元へ走り、ぺこり と頭を下げた。

  「アザカ、アリガトウ。ミキヤ、シキ、アリガトウ。」 
  この一言が、セイバーが発した最初で最後の言葉だった。
  そして、ぎこちないけれど、彼女は確かに微笑んだ。

  凛が式にめくばせして、なにかを耳元でささやいた。
  「そうだな、それでいい」
  人ならぬものには、人外の路がある。
  彼女達は、マスターを求めて放浪の旅にでる(?)

  鮮花は初めて「別れ」を経験した。
  
  
  
  凛・桜・セイバーが闇を走る。

  「では、近いうちに」
  「手加減はいたしませんわ」
  「にゃ〜♪」

  三つに分かれた疾風。

  長い夜が始まる。 
  





<<あとがき>>

 ども、アザカスキーのtunaです。
 脳内補完部門というよりは、脳内電波部門です(笑)
 セイバーの絵をみた瞬間、私の頭の中では、猫耳と尻尾が補完されていました。
 無口でお風呂嫌いの設定も(笑) ま、いまのうちなら何を書いてもアリ・・ということで
 お許しください^^;)

 設定は一応、fate/stay night の前夜・・・というところでしょうか?
  

 「魔術師の試練」と同時並行で書いていたので鮮花像はかなりお互いが引っ張り合ってます。
 入浴シーンが書きたかっただけという話もありますが^^;) >あぁ、全然駄目やん>ォレ

 ※)作品の展開上(?)「魔法」とか「空想具現化」とかいった単語がちらほらありますが、
    当然のことながらオフィシャルな見解ではありません^^;) 
    あくまでも鮮花の主観・・・ということで。
 
    で、どこから剣を出したの? セイバーさん
    「あれは、尻尾だにゃ〜。尻尾は剣にも鞭にも変化(へんげ)できて便利だにゃ〜」
    ・・・だそうです(汗

 


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