「私、らしく」

チラリと、腕の時計に目をやる。

・・・・・まだ、予定の時間には早い。

それはそうよね。


だって、かなり早く来てしまったし。


ふう


小さく溜息をつく。


何だってこんなに焦っているんだろう。


まったく


私、らしくない。

何て思いながら
又腕時計に目をやってしまう自分がいる。

だけど。

それも仕方ないか。


今日は久し振りの「幹也」とのデート。


ライバルは皆この日の為にあらゆる手を使って封じ込めた。


まず
藤乃。

この子は海に沈んでもらったし。
(他の同級生との海水浴)

次の式は。

この時間ではくたばってるし。
(只寝てるだけ)


絶対、邪魔なんか入らない。


例外は橙子師。
だけど、まあ、そんなに極端な障害にはならないだろうし。

そう。
今日は何があっても大丈夫。

ちらり。

又、時計に目が行ってしまう。

あああ。
今日に限って時間の進みが遅い気がするう。

待ってるのは苦痛じゃないけど。

流石に三時間前は早かったかなあ。


上を見上げるようにして
後ろの大時計に寄り掛かる。


ここは、駅の前の広場。

いつも私はここで幹也を待っている。

たまたま今日は予定の時間よりも早く来てしまっていて
待ち惚けを喰っている。

この時間が

この幹也待ちの時間が

私が恋する乙女なんだって自覚させる。

恋人を待つ時間が苦痛だなんて
思う人なんかいる訳がない。

この待ち時間に色々と思いを巡らせる。


これから何処へ行こう。

何処で何を食べようか。

どんな映画、やっていたっけ。

天気がいいから少し足を伸ばして・・・

そんな色々な事が考えられる
この時間が私は好きだ。


だって言うのに
当の幹也ときたら。

こんな可愛い恋人を何時まで待たせて置くのかしら。

来たら、開口一番に文句を言ってやろうかな。

でも。


先に来たのは私だし。

そんな事で逆ギレしてたら、折角のデートがご破算になってしまう。


それでなくても、最近。

幹也は式と一緒にいることが多くなったし。

これ以上差をつけられたら溜まったもんじゃないわ。

ここで何とか、追いつかないと。


・・・・追いつかないと、って言わないといけないのも悲しいけどさ。

今日は何時にも増してしっかりお洒落して来たし。

いつもよりかなり気合入れてメイクもしたのよ。
言うなれば完全武装。

このまま結婚式にだって出られる、って言う位のしっかりメイクに洋服。


何としてでも幹也を振り向かせないといけない。

恋する乙女にブレーキと言うものは無いのだよ。
(ついでに倫理とか恥とかその他諸々も)

思い立ったら命懸け。
命短し恋せよ乙女。

って昔の人も言ってたじゃない。


なんて思っていたけど。

まだ、か。

ちょっと、長いなあ。


ふと。


気が付くと。
私の後ろに。

大時計を挟む格好で。

一人の女性の人が背を向けて立ってる。

全然気が付かなかった。


何時の間に。


振り向くのもなんだし。

チラリとその後ろの女性を見る。
後姿しか判らないけど。

白い洋服に映える長い黒髪。

腰まではあるかな。

私も長い方だけど。
それ以上の長さ。

髪を洗う時大変だな。
なんて勝手に同情する。

なんだろう。

ワンピースかな。
けど

かなり良い物みたい。
素材とか光沢とか。

普段はそうお目にかかれない代物と見た。

礼園にもこんなお嬢は滅多に見られんぞ。

同じく
白の大きな帽子を被って、手には小さな白のポーチ。
白のヒール。


・・・・どこぞのお嬢様か。
何て勘繰りたくなる様な女性。
何となく、気品みたいなものも感じるし。

だが、
そんなお嬢様がこーんな駅前で人待ち?

ありえないわ。


その女性も。

やはり早めに着たのか
チラチラと腕の時計に目をやってる。


ううむ。
時計も高級品だ。
ブランドは判らないが
かなりいいもの。

藤乃に聞けば判ったかも知れない。

そして。

駅前には時計を挟んで女性が二人。
ただ
思い人が来るのを待っている。

その女性も私と同じだろうって
これも勝手な想像だけど。
多分間違ってないと思う。

強いて言うなら、女のカン、って奴かしら。
暫し、その女性を観察して時間を潰す。

時計を見ては溜息をついて。

疎ましそうに髪の毛をかき上げる。

「もう」

とか小声で言って、指に髪の毛を絡ませる。

腕を組んだかと思えば腰に手をやり。


服の乱れを気にしたり。
コンパクトを出して化粧を直したり。

何だか、自分の今までを鏡で見ているみたい。
少し気恥ずかしい。

今まで自分もこんなんだったかな。
そう思うと、顔から火を噴きそうな位。


ああ。

やっぱり。
この人も私と同じだ。

恋人を待っていて
時間より早く来てしまっていて。
暇を持て余しつつ、楽しんでいる。
皆乙女はこんな物なのかな。


私もチラリと頭上の大時計を見る。

その女性も同じく。

一瞬だけ、視線が合った。

どきりとした。

式までとは行かないけど。
かなりの美人。
いや、式と同じ位。
失礼だが、可愛いよりは綺麗、と言った方がいい。
凛とした表情。

時間を見るのを忘れてしまう位。
見惚れてしまう。

町で十人中、九人は振り返るかな。

それ位の美人。

相手が私を見てるのに気が付き。
慌てて、時計を見る。


フム。
もう少しね。


あー、びっくりした。


けど、成る程ね。
納得。
確かにあれだけ綺麗ならあの服装も頷ける。

正真正銘のお嬢様だわ。

そういう学校に行ってる私が言うんだもの。
間違いないわ。

そろそろかな。

もう少しで、約束の時間。

大抵幹也は時間より少し早く来る。

ならば、ソロソロ姿を見せてもいい頃。

なんて思っていたら。


ああ。


来た来た。

お待ちかねだったわよ、幹也。

愛しの妹が折角の休みを君に捧げるのだから。

感謝して下さいね。
幹也。

人込みの中。

私の気が付いたのか。
大きく手を振って自分の存在をアピールする。


それはいいんだけど。

そんなに走ったらダメだって。
医者にも言われたでしょうが。

仕方ないなあ。


仕方ないから、私も少し歩いて幹也を迎える。

待ったかい。
なんて気楽に言ってくれるけど。
どれだけ待ったかホントの事言ったら、驚くかな。

さて。
じゃ、行きましょうか。

強引に幹也の腕を取って、絡ませる。
狼狽する幹也を尻目に力で放さない様に繋ぎ止める。
恋する乙女は大胆なんです、幹也。

誰にも渡すものですか。
幹也は私のもの。

ちょっと気になったので、
さっきの女性の方を見る。

ああ。
よかった。

あちらのカップルも無事逢えたんだ。

その女性も。

私と同じ様に腕を組んで私とは反対方向に歩いていく。

あちらの女性も。

チラリと。

私の方を見た。

そして、又。
目が合う。


ニコリと、私は微笑む。

女性も、満面の笑みで返してくれた。

私もあんな笑顔していたのかな。
ま。
よかったよかった。


んじゃ、気を取り直して。


「「何処に連れて行ってくれるんです。兄さん?」」

FIN

後書き。

魔術師の宴、第二段で御座います。

読んでお分かりかと思いますが。
まごうごとなき「鮮花SS」です。

だって他に出て来てないし。

他には某丘の上のお嬢様こと。
「いつも怒ってばかりいてそれでいて
素直になれずにすぐに髪を染めてしまう一途な万年二位」
が登場していますが、
あくまで
メインは「鮮花」です。

そこの所お間違えの無い様に。

ああ。
しかし。
久し振りにめっさ激甘なSS書きましたわ。

もう書いてて、「自分考え古いなあ。今時カップル言わんやろ」
とか。
「映画行くって、一体何時のマニュアルやねん」
なんて、暴言吐きながら書いてましたよ。

年がバレる。


それでは、宴も中盤です。
ラストまで、頑張って下さい。

では。


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