Origin ―鮮花と影猫―


私こと黒桐鮮花は魔術師の卵である。
我ながら自分で言っててなんだソレ、って思うんだけど、実際そうなんだから仕方が無い。
ある旅行先で知り合った魔術師、―幹也の上司だった女性―
蒼崎橙子を師と仰ぎ、現在修行中なのだ。
事の発端は両儀式、と言いたいのだけれど、結局は私が原因だろう。
実を言うとおおっぴらに言えるものではない私の恋慕のせいなのだ。
私は兄である黒桐幹也を慕っている。
そう、未だに本人には気づかれてはいないのだが、師はもちろん、
恋敵である式のヤツにも気づかれているなんて間抜けな状況なのだ。
これで、式が普通の女性ならまだ良かった。
普通の人ならコテンパンにしてやれる自信がある。
しかしこれがまた異常なヤツだったから今の私じゃ手に負えないのだ!
私は自分の常識とやらをどぶに捨て橙子師へと教えを乞うたのだ。
ただ、式を倒すために。
そして未だ彼女を打倒する能力を身に刻んでいない私は今日も今日とて師の元で修行に励むのだった。


まもなく与えられていた修行を全て終えて、私は幹也の仕事場兼橙子師の住まいを後にしようとした。
橙子師を知らないものは知覚出来ないという結界が張られたビルは、物音一つしない。
だけど、コツコツと階段を下りていると2階から何者かの声が聞こえてきた。
「・・・・・・ろっ」
はっきりとは聞こえなかったがどうやら橙子師がいるようである。
このビルは1階は車やバイクの駐車場で、2、3階が橙子師の工房、4階が幹也たちのいる事務所になっていた。
この前式と二人で何かを封じ込めたらしいのは聞いていたけれど、またなにか厄介なことでもやっているのかしらん?
少し気になった私はいつもは近づかない師の工房へと足を踏み入れた。

―――やっぱ、やめときゃよかった。

がちゃり、と扉を開けた瞬間。
「な、ばっ! 避けろ、鮮花!!」
と脅された。
「はぁ?」
訳もわからずとりあえずしゃがむ。
ごぉーと何かが通り過ぎる気配を感じた。
「・・・戻れ!」
厳しい声で何かに命令する師。
すると、さっきの気配が橙子師の前に動いていくのを感じた。
しゃがむときに伏せた顔を上げ、橙子師を見る。
そこには・・・黒い猫がいた。
「橙子師、それは・・・なんですか?」
「む。質問より先に謝るべきではないか、鮮花。私はココに入ってこいとは言わなかったはずだが」
「すみません、普段声が聞こえないところから怪しい声が聞こえたものですから様子をのぞいてみたんです」
それが誰の声か分かっていた、という事実はもちろん伏せておく。
まぁ、最初に謝ってんだから気に病むことは無いんだけど。
「まったく。危うくコイツに食わせるところだったぞ。まだ躾を終えてないんだ」
「・・・なら」
さっさと躾ておいてください、と愚痴ろうとした、
「今躾をしていたところだったんだよ」
と、非難の目で反論された。
「それはすみませんでした」

「で、それは一体なんですか?」
私は話しを戻すために最初の質問を繰り返した。
「あぁ、コレはこの前荒耶に破壊された人形さ。お前が知っていても役に立たないから手短に説明するぞ。
 コイツはこのトランクにあるエーテル体の発生装置によって生み出された影絵の魔物だ」
「はぁ・・・」
確かに、私には分からなくてもいいことだ。
私の才能はもっぱら火の関係の事である。
橙子師のように人形作りをするわけではないので正直、学ぶべき必要は無い。
しかし、封印指定を受けた彼女の業を知っておくいいチャンスではある。
私は黙って彼女の話の続きを聞いた。
「ま、コレだけならただ大気中に映し出されたエーテル体。意思も無ければ動きもしない。だから魂を憑かせて従順に躾け、操るんだ」
なるほど。
確かに武器を操る為に現在のコンピュータを積むよりも柔軟な思考のできる霊を操作した方が魔術師としてはより実戦的だ。
でも、これはまるで・・・。
「・・・・・なんだか使い魔みたいですね」
と最初に感じた感想を述べた。
「あぁ、そうだよ」
橙子師はあっさりとそう答えた。
「え・・・?」
「だから、元々私の使い魔の魂を使ってるんだ」

・・・・・・・・・。

「因みに私の元使い魔については話す気は無い。
 で、この人形、荒耶に壊されたままっていうのも寂しいもんだから新しいのを作ったんだ」
彼女は聞かれたくないのだろう、使い魔の部分は早口で言った。
「この前話したとおり、魂っていうのは一度抜け出すと理性を亡くす。
 だからもし、その魂に別の器を与えたとしても、それは既に理性を持っていないモノに成り下がってしまうんだ。
 よって、それを利用するときには理性を引き戻すよう、躾をしなければならないのだが・・・」

そう言って彼女はジロリとこちらを睨んだ。
「邪魔されてしまって興が殺がれた。さて、どうしようかね」
そう言ってこちらを見つづけている彼女は、急にニヤリと笑った。
・・・嫌な予感。
「それじゃ、私は門限がありますので」
私はそそくさとさよならを告げる。

「待て、鮮花」
が、やはりあっさりと呼び止められてしまった。
「はい、なんでしょうか、橙子師!」
もう、この先の展開はよめちゃってんだよ、バカヤロー。
自棄になって私は彼女に突っかかった。
「しゅ・ぎょ・う(はあと)」
シュタッと眼鏡をかけた後、我が師はそう言いやがった。
・・・似合わねぇ、とは思ったけど何も言わない。
「・・・この猫を躾ろってことですか」

「さっすが鮮花ちゃん。正解よ♪」
眼鏡を着けている橙子師の声は凄く優しい。
しかし、そんな声で言われても当然やる気がでるはずが無かった。
「躾ろといわれましても・・・どうすればいいんですか?」
「そうね、基本的に猫を躾るようにすればいいわ。言う事を聞かせるようにするだけだからそう難しい事じゃないでしょう?」
そう言って彼女は躾に必要な資料をこっちに渡してきた。
「はぁ・・・」
正直、私は猫というヤツが嫌いだ。
それは誰かを彷彿とさせるから。
「もともと動物ではないから、礼園に持ち込んでも大丈夫でしょう。ほら、門限なんか関係ないです」
にっこりと笑ってそんなことを橙子師は言いやがった。
「というわけで鮮花さん。師として命じます。コレを一週間で使いモノに出来るよう躾なさい」
そう言われてしまっては私に拒否権はない。
「・・・・・・はい」
私は複雑な気持ちでそう答えた。

こうして、私と黒猫の躾の日々が始まった。


1日目 ―両儀式―


「はぁ、余計な修行、増えちゃったな」
私は派手なオレンジのトランクを抱えて、ため息をついた。
大体、前から思ってたんだけどオレンジって趣味が悪いと思う。
こんな派手なトランクを持って歩いていたら相当目立つだろうなぁ。
そんなことを考えながら下まで降りると、ばったりと式に出会ってしまった。
どうやら嫌な事って言うのは重なるらしい。
しかしそんな私の気持ちを知ってか知らないでか「よぉ、鮮花。元気?」なんて聞いてきた。
「・・・・・・」
思った事は実現するモノだと、改めて実感した。
でもそれを認めてしまうのはなんか口惜しいので、私は彼女を無視してそそくさと通り過ぎようとする。
だけど、そんな時に限って何故か式は声をかけてきた。
「・・・どーせトーコからなんか仕事でも押し付けられたのか? でも、無視することはないだろ」
「うっさいわね、馬鹿式。わざと無視してるのをさっしてるんなら声なんて・・・」
あ。
私は急に思い立った。
今なら式を殺れるかもしれない。
このネコさえ使えば・・・。
「式・・・。思えば貴女は不幸の連続だったのかもね・・・」
「? 何言ってんだ、お前。ついに橙子の仲間入りをしちまったのか?」
「・・・くっ、相変わらずの口ね。でもそんなこと言ってられるのも今だけ、よっ!」
私は言って、トランクを開けた。
「行けっ!」
人差し指で対象の人物を指差す。
そうすることで、影絵の魔物はその人物に襲い掛かると言う仕組みになっているとさっき渡された資料に書いてあった。
私は何のためらいも無く、式を指差す。
そして次の瞬間、対象物はあのネコに食い殺される。
そう、だから式は食い殺されるはずだった。
ハズだったのに・・・。
「何してんのよ、アンタ!」
私は影の猫に向かって怒鳴っていた。
なぜって、目標である式に体を摺り寄せているからだ。
「おい、鮮花。これ、お前のペットなのか?」
さすりさすりと頭を撫でながら式は私に聞いてくる。
「くっ・・・、戻れ!」
私は怒りに震えながらも冷静にそう叫んだが影絵の魔物が動く気配は一向に無い。
そして、私もついに切れた。
「戻れって言ってるでしょう!」
最後通牒は流石に利いたらしく、影は式から離れ一人での鞄へと戻って自ら蓋を閉じた。
「おいおい、自分で出しといて八つ当たりはないんじゃねーの?」
その状況を傍観していた式は言う。
「うるさいわね! もう、式はどうでもいいのよ! さっさとどっかへ行ってしまってください!」
「・・・へんな鮮花。やっぱりトウコの影響じゃねえの?」
ククッと笑って式はさっさと上に上がっていってしまった。
只、屈辱に耐えるしかなかった。


私は失意のままに礼園に帰り、すぐに着替えてベットに入った。
上の住人は未だに部屋には戻ってきていない。
だが、そんな事を気にする間もなく、怒りを抑えるために眠りについた。

2日目 ―瀬尾静音―

朝起きると部屋の同居人は上で寝ていた。
今日は普通に授業があるので、私はさっさと着替えて部屋を後にする。
「瀬尾、早く起きないと朝礼に遅れるわよ」
と、一言声をかけて私は教室へと向かった。


そして、今日も授業を終え、部屋に戻ってきた。
部屋をあけると瀬尾がいて橙子師のトランクを興味深げに触っていた。
「なっ、瀬尾。何やってるの!?」
「あ、鮮花ちゃん、おかえりー」
こちらに気づいた瀬尾はニコッとこちらをみて笑う。
「おかえりー、じゃありません。人の物は勝手に触るなって習わなかったの?」
「んー? でもさぁ、不審なものがあったら触ってみるじゃない? これすっごい怪しかったから調べてたんだ」
鍵がかかってたから中は見れなかったけれど、と彼女はつけたす。
「・・・、ともかくそれは私のだから勝手に触らないように」
「ふーん。まぁ良いけどー。・・・あ」
そう言って彼女は止まる。
それを見て私は瞬時にアレに思い至った。
これは彼女が「未来」を視ている事を意味している。
私は話すのをやめて彼女の言葉を待った。
というのも、彼女が未来視をするのは大抵は人のことばかりなのである。
つまり、現在彼女が見ているのは私のことなのだ。
そうして暫くたって彼女はこう言った。
「ふぅ。いやー鮮花ちゃん、気をつけたほうがいいよー。近いうちに大変なことになるから」
「・・・・・・む。不吉なこと言うのね。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃない?」
「んー、でもこう言うことって感じた事をそのまま伝えることの方が大事じゃない? だからやっぱこれでいいんだよ」
にへら、と笑って彼女はいきなり立った。
「どうしたの、瀬尾? どこか行くの?」
「行かないよー。もう眠たいから寝ちゃうの」
服をざっと脱いで着替え始める静音。
「そう。それじゃあ、お休みなさい」
「うん、おやすみー」
すぐに寝巻きに着替えて彼女はさっさと上のベットに上がってしまった。
まだ早いのに・・・とは思ったがそういえば未来を視ると眠くなるとか前に言ってたっけ。
まぁ、さっさと寝てくれた方がこちらとしては助かるので引き止めることはしなかった。
というわけで私が彼女が完全に眠るまで課題をした後、早速あの忌々しい猫の躾をはじめたのだった。
そして深夜2時まで続けたあと、私も寝た。

それにしても、彼女が行った大変な事ってなんだろう・・・。
気をつけなければいけない、と私は改めて気を引き締めた。

3日目 ―黒桐幹也―

今日の授業を終え、私は今、外出届を書いている。
というのも、今日は2週に一度の修行の課題を取りに行く日だった。

休みの日は当然ながら師のビルに通うのだが、一刻も早く式を倒したい私としてはそれだけじゃまったく足りないように思えたのだ。
それに、平日に行けば幹也と会える確率も高くなる。
ま、そういうしたたかながらも乙女チックな理由で強引に礼園で出来る課題を貰いに行くのだ。
「まったく、ほんと熱心・・・いや純粋だな、鮮花は」
クククッと、人を逆撫でするような笑みで橙子師は私に課題を渡すのがその日の常である。

だが今日彼女の所に行く理由は少し違う。
今日は躾の続きをやりに行くのだ。
何故礼園でやらないのかというと、朝が早い私はそんなに遅くまで起きていられないから、少し躾をするのは困難なのだ。
昨日はたまたま瀬尾が早く寝たからよかったものの、今日も見つからずに済むとは限らない。
それに正直、礼園であーいうことをやるのは気が引ける。
今まで修行やってたっていっても、貰う課題のホトンドは書き写すものばかりだから気にはしてなかった。
が、アレの躾は実践にほかならない。
正直、あまり気が進まない。(いや、それを言ったら最初からなんだけどさ!)

というわけで今日も橙子師の住まいへと向かう。
いつも通りコツコツと階段を上がる。
ガチャ、と開けたドアの先には予想通りなことと予想外なことがあった。
当然のことながら幹也は自分のデスクに座ってなんだか地味そうな会計処理をしている。
だが、当然上司のデスクにいるはずの橙子師はいなかった。
「やぁ鮮花。今日も来たのか」
幹也顔を上げて私に微笑む。
「えぇ、今日は修行するために来たんです・・・」
私がそう言うと幹也はいつも嫌そうな顔をする。
可愛い(って自分で言うなんておかしい話だが)妹が魔術師やらになるのを未だに止めたいらしい。
「残念ながら橙子さん留守だよ。なんでもまた大輔兄さんに誘われたらしくてね・・・」
大輔さんは私たちの従兄弟に当たる人で、なんでも橙子さんの知り合いだったらしい。
うん、私たちの家系は蒼崎・・・というより橙子師に引っ張られているのかもしれない。
それは兎も角・・・。
「頑張りますね、大輔さんも」
「まったくね」
私たちは二人して苦笑した。
さて、幹也は橙子師がいないから帰れと遠まわしに言っているのは分かった。
けれど・・・。
「今日は師に用事があるわけではありませんので、いてもいなくても構いません」
私はさっきの幹也の返答をする。
「む・・・じゃあ何しに来たんだ。僕は今日は鮮花は来ないだろうって聞いてたんだけど」
「えぇそうでしょうね。今日は来る必要はないですから」
「・・・ん? どういう意味だ?」
「まぁ、師に振り回された結果・・・とだけ言っておきます」
「・・・・・・」
幹也はなんだかとても神妙な面持ちで私を見た。
「なんですか、兄さん」
「いや、なんでも。兄妹そろって振り回されてるな、だなんて思ってないぞ」
「・・・はいはい」
そうして、またしても私たちは苦笑した。


こうして短いながらも幸せな会話を終え、私は早速、躾を始める事にした。
当然ながら幹也はデスクワークに専念しているから、邪魔にならぬようやや離れた場所でやることにした。
あの派手なオレンジのケースを開け、影絵の魔物を具現化させる。
そして、一つ一つの動作の命令を覚えこませていた。
そして、小一時間たった頃・・・。
「ほい、コーヒー」
言われて振り返ると、そこには湯気の立つコーヒーカップを目の前に差し出している幹也がいた。
その不意打ちは嬉しいんだか恥ずかしいんだか一瞬分からなくなってしまう。
「え・・・、あ、うん。・・・・ありがと」
そう呟いて、私は幹也からカップを受け取った。
幹也が淹れたコーヒーは流石に年季が入っているだけはあっておいしい・・・なんてことはないハズなんだけど。
やっぱり期待していないモノが手に入ると嬉しいし、それが食べ物ならおいしい。
うーん、愛ってやつは偉大だ!
私はコーヒーを片手にそんな事を考えていたが、横から聞こえた幹也の声で目が覚めた。
幹也はこう言ったのだ。
「で、そのネコっぽいの、何?」

というわけで事のあらましを全部幹也に話す事になった。
ま、幹也は橙子師の部下だし話しても構わないだろうという打算があったからである。
それは兎も角・・・ナンデコノネコ、ミキヤニナツイテンダ!?
さっきからずーっと幹也のそばでべったりしている。
「まぁ、今日はこの辺で辞めときます」
これ以上アレがあの状態のままなら私がどうにかなってしまいそうだったので私は幹也にそう言った。
「あ、うん。じゃあ、またね」
律儀に影絵のネコに手を振る幹也。
それを見届けた後、私は「戻れ」と魔物に命令した。
すると、なぜか幹也をじっと見つめ(るように顔を向け)た後、私をじっと見つめ(るように顔を向け)た。
「??」
訳のわからない影絵の魔物の行動を私たちは見つめつづける。
数瞬後、影の猫は私の方に戻ってきた。
よしよし、ちゃんと成果出てるじゃん?
・・・とか思ったのも束の間。
何故か黒のネコは私の周りをグルグルと回り始めた。
「な、なな・・・」
どうなってるのかサッパリな私をさて置き、更に影はスピードを上げる。
そして・・・私は瀬尾が視た未来というのが何だったのかを思い知った。


「キャーーーーーーーーーーーーー」

叫びと、どうしたらいいか分からない表情と、そして満面の笑顔がそこにあった。


その後の4日間、鮮花は4徹した。

7日目 ―蒼崎橙子―

さて、約束の日から一週間。
橙子は弟子である鮮花を待っていた。
そして、几帳面な事に毎度同じ時間にやってくる弟子を見て、挨拶もせずこう言った。
「鮮花、どうした。不機嫌そうだな」
「えぇ、とてつもなく不機嫌です」
臆面もなく鮮花の態度に少し顔をしかめる橙子。
「む・・・、普通は世辞で『なんでもありません』ぐらいは言うもんだろ。何があったんだ」
「何があったも何もありません!」
彼女の弟子、鮮花と呼ばれた少女は片手に持っていたトランクをバンッとデスクに叩きつけながら言う。
「おいおい、これは精巧な造りだから耐久性は弱いんだ。もっと丁寧に扱ってくれ」
「フン。そんなもの使うなんて・・・師の気が知れません」
それだけ言って彼女はそっぽを向いた。
「まぁ、そんなことはいい。それより、どれだけお前が調教できたかの方が重要だ―――――と」
彼女は箱を開け、一通りの動作を確認する。
箱の中の影絵の猫は橙子が指示する命令の全てを完璧にこなした。
「ふむ・・・やるな鮮花。よくココまでしたもんだ」
「・・・・・・」
彼女はじろりと橙子の方を、性格には影絵の魔物の方を見て、そしてまた同じ体勢に戻る。
睨まれた猫はブルブルっと震えた後、箱の中に戻ってしまった。
「・・・・・・。何があったんだ鮮花。言って見ろ」
「・・・・・・・・・」
「師匠命令だ」
「・・・」
そう言われて、彼女は4日前の事全てを話した。

「はははははははははっ!」
橙子は鮮花の話しを聞いてひたすら笑った。
こういう展開を予測していたのだろう、鮮花はそれを無言で受け止めた。
「いやいや、まぁ見逃してやれ、鮮花。あれは悪気じゃないんだ」
訳知り顔で鮮花をなだめる橙子。
「あれが悪気じゃなくて何が悪気なんですか!」
「いやね、私は長らくそのことを忘れていたんだが・・・あの魂、もともと少女の魂だったんだ」
「はぁ・・・?」
「いやね、ロンドン時代に研究室を持つようになった頃の話なんだが、
 そろそろ使い魔を創ろうかって時に丁度、死んだばかりの魂を見つけてね。
 これからお世話になるってんで、一応素性を調べてみたんだ。
 そしたらその子は兄妹との恋愛で駆け落ちして自殺してしまったっていうどっかで聞いた話のような死に方をしていたのさ」

「・・・・・・」
「だから彼女が鮮花と黒桐を見て、鮮花が兄のことを想っているのを感じ取ったんだろう。
 ま、気を遣ってくれたんだろうから素直に喜んでおいてやれ」
スッと橙子は胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「そういう訳だ、鮮花。今回はご苦労だったな」
「・・・・・・橙子師。それちょっとだけ貸していただけませんか?」
「いいだろう」
橙子は好きにしろ、とでも言いたげに窓の方を振り返った。
それを見届けた鮮花はさっき叩きつけたトランクを持ち、蓋を開けた。
影絵の魔物がそろりそろりと出てくる。
鮮花はその影をじっと見つめて言った。
「・・・一応お礼を言っておくわね、ありがとう。でも、あなたの親切は余計なお世話よ。
 私は私の力で幹也を奪うんだから、今度からは邪魔しないでね!」
ニッ、と彼女は猫に笑う。
それを見て不思議そうな顔をした影は、そのあとニヤッ口の端があがった。
「じゃあ、ね」
最後にそう言って鮮花はトランクの蓋を閉じた。
「今日はこれで失礼します」
「あぁ、じゃあな」
後ろ向きながら既に誰もいないであろう机の向こう側に橙子は手を挙げた。

橙子は窓辺から鮮花が駆けて行くのを見ていた。
その先にある、禁忌という名の道を疾走っていく、その様を。
「ヤレヤレ、やっぱりこうなってしまったか・・・」
誰に語るでもなく、彼女はそう呟いた。
「でも、鮮花はきっと大丈夫だから、心配はいらんだろうよ。でも、残念だったね・・・×××××」
彼女は振り返り、オレンジの鞄を見て、そう呟いた。


ども、久しぶりのSSだったりします。た〜ゆ〜です。
今回は変り種、ということで鮮花と影絵の魔物の話です。
いやー影絵の魔物のSS書いたの初めてかなぁ。だったらいいなぁ。
僕は猫好きなんでこれで何か書けたら面白いなってずーっと思ってまして。
そういえば橙子さんが対アルバの時に「ちゃんと躾しただろ」みたいな事を言ってたのを思い出しまして、
 今回のようなSSを書いてしまったのです。
いやー設定を大分捏造してますがその辺りは気にしない方向で。
それでは、最後の方は力尽きた感が否めませんが、最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
あ、遅れたのも気にしない方向でお願いします(笑


空の境界部門TOPへ

魔術師の宴TOPへ