振り回される日々。

  物事には何事にも例外はある。
 
 例えばーーーーーいくら親しいとは言え、人様の持ち物を勝手に物色したりする事だったりする。
それを今、 黒桐幹也は、実に痛感させてもらっている。触れてはいけない、言ってはいけないものは
 案外身近に、そして何処にだって存在するんだ。

 それは例え気が緩んでいたんだとしていても。やってはいけないことは確かにこの世に存在するんだ。


 秋というには少し寒く、冬にしては寒さが足りない。そんな中途半端な気候のとある日。
日が短くなったのを目に分かるように説明されるがごとく、まだ4時前だというのに
空と事務所の中に少し赤の燈が斜めに染まっていく。
 いつものように主に見放されたといいうか、放っぽりぱなしの見積書や領収書の山に
果敢にチャレンジしているときだ。本来この作業をやるべき人が行方不明の職場で
悪戦苦闘して言葉どおり「猫の手も借りたい」状況の中。
 静かなこの部屋に響くノックの音が、僕の邪魔をする。こんな時になのかそれとも
こんな状況だからなのかどんどん状況は芳しくない方向に進むようだ。

 諦めるかな、と少し粘ってみたがどうにも向こうに分配がありそうだ。
もしかしたら彼の人かもという願望には勝てそうにも無い。仕方なく生返事のまま
最近取り付けた鍵を外し、ドアの取っ手を掴む。

「はいはい、どちら様でしょうか・・?」
「・・・・・」

 目の前にはむっつりと頬を膨らませた不機嫌な女性がひとり不満げに
僕のエスコートを待っていた。

「あっ、し、じゃなくて鮮花?ど、どうしたんだイキナリ!?学校は?」
「・・・・。ふぅー、何言ってるんですか兄さん。今日久しぶりに会う約束をしていた
ではないですか・・・?まぁ、いつもの事ですし、いい加減慣れて来ましたけどねっ!」

 溜息をついたかと思えば、今度は少し顔を強張らせて幹也を上目から睨みつける。
「誰でしたっけ?今月は思ったより仕事が入ったから可愛い妹に
久しぶりに食事でもオゴるなどと言った人は。その時その人は少しはアニキらしい
所も見せなきゃなぁ、と余裕の発言をなさっていたんですけどねぇ?」

 どうやら約束を忘れていた事よりも人間違いをされた事がなにやら気に入らなかったらしく、
先程から畳み掛けるように嫌味を浴びせてくる。こんな苦しみをあと十分も聞いていたら
胃に穴が開きそうだ。鮮花の後ろにオーラがみえてきそうな迫力に負けたのもあり、
なるべく穏便に、下手に言い訳をする。

「い、いやっ!忘れていた訳じゃないんだよ。いや、仕事が忙しくて忙しくて
ついついそっちに気がいっていたんだよ・・・。」

 ふ〜んと返事をした後、
「では私をあの女と間違えたのも仕事のせいにする気ですか?」
 あいたたた。要点を鋭く指摘されてしまった。
「・・・、悪い。実は忘れてた。」
 ここは素直に自分の非を認める。

「・・・まあ、いいです。私も仕事に妬くなんて少し子供過ぎましたしね・・・
ってホントに凄い量じゃないですか!橙子さんは何考えているんですか!?」
 僕の後ろの救助隊の人が見たら諦めて引き返してしまいそうな恐るべき書類の
マウンテンが立ち塞がっているのを見て新鮮な驚きをする鮮花。
「ああ、始めてみた人は皆最初はそう珍しがるんだよ・・。」
 少し哀愁を漂わせて何気も無く返す。

「こ、これを一人で?」
「うん、一人で。でも今見えてる山は、片付け終わったヤツなんだ。
後残っているのはあれだけだよ。」
 改めて自身の偉業を我ながらに感動しながら取り掛かっていた書類の束をみせる。
こちらは実質業務用バインダーで6つほどだ。

「でも・・・凄いのは分かりますけど、いくらなんでも橙子さんのところはそんなに
儲けていないだろうし、そんなに仕事量は無いでしょう?」
 本人がいないと思ってか、けっこう好き勝手に言ってくれる。しかし、その言い分はもっともだ。
「いや、あの人過去の書類とか全然整理しないからさ、いざという時のために
まとめて置かなきゃいけないだろう?というかやり始めたら中々止まらなくなって・・・」

「ああ、んー分かりました。私も手伝いますからさっさと片付けてしまいましょうか。」
「ええ、いいのか?時給ゼロだぞ?」
「いえ、構いません。お礼はこの後の食事で手を打ちましょう。」

 目の前に居る妹がまるで天使のように見えてきた。先ほどまでの怒りオーラが天使の羽に
変化したような錯覚にまで陥る。
 
「この仕事量に見合った食事をさせてもらいますけどね。」
「へ?」
「丁度予約を取った所が少しやり過ぎたかなーとか思う程の店でしたので
罪悪感を振り払うにも丁度良いかなと。名誉毀損の分も含めて。」

 ・・・また高級料亭っすか!?
ふりかけ御飯をだけを頬張る自分のこの後の生活を想像してしまうが、この状況での
助っ人の甘い勧誘には勝てそうに無い。泣く泣く条件を呑むことにした。


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 流石兄妹というか、何と言うか。先程の一人作業の苦労が嘘のように快適に
書類はどんどん片付いて行く。これなら先程の条件も破格ものだと感じるほどに。

「終わったー!」×2

 驚く事になんとまだ夕方6時である。これはかなりのタイムではなかろうか。
このコースのレコードを塗り替えるばかりか日本新記録も叩き出したのではないか、
というほどの速さであった。

「あー、終わったー。ありがとう鮮花。・・・ところでさ、この本何?」
 いそいそとコートを着始めた妹を制して書類の束の中から出てきた謎の日記帳みたいな本を
見せてみる。何処から紛れ込んだのかこんな本には見覚えが無かったので
弟子の鮮花なら、と思って尋ねてみる。

「え?私もそんな本見たこと無いですよ。でもこれは橙子さん好みのカバー^ですね・・」
「だろ?んじゃ・・・失礼して。」
 言うか早いかもう本を開いて僕は好奇心のままにページをめくった。
「あっ、兄さん!橙子師は自分のものを使われるの極端に嫌うんですよ?」
「大丈夫だろ。こんな苦労をさせたことを考えればイーブンだよ。」

「・・・ええと・・・」
 最初のページをめくると冗談のようなタイトルの日記がでてきた。

「両儀に対抗する為の弟子鮮花強化計画3」
 衝撃的なタイトルの題名だ。

 ○計画1 まず、何は無くとも魔力の上昇である。そこでここは私が知る中でもうさんくさいものを
   試していこうとおもう。インドの聖者達の修行にヒントを得たこの特訓だ。

    小さい正方形のガラスの箱を用意する。そこに鮮花を無理やり押し込める。以上。

   これはヨーガの達人が行うという自らを仮死状態にして己の霊力を高めるというものだ。
   まあ、身体が柔らかくなくとも無理やり押し込めばどうにかなる筈だろう。

「何とかなんねーし、死ぬよ!!」
   とりあえずつっこんどく。
   
   自身を仮死状態にしたり、極限状態に陥らせるということが重要なポイントだ。
   鮮花がサイヤ人なら間違いなくパワーアップすることだろう。

「ウチの妹は地球人だ・・・」

 ○計画その2  1の反省点を踏まえての計画その2だ。やはり空気の無い状態では    
          かなり辛いかもしれない。そこで弟子思いの私が考えたのはこれだ。


   サメ用の鉄格子状の箱型に鮮花入れる。そして寒い寒い冬の川でソレを
   川の流れに任せて流す。白線流しのようでなかなか趣があると思う。
   冷たい水の中で急流の中流される。これはかなりの効果が期待できそうだ。

「もうツッコミを入れる気にもなれない・・・。」
 その本を閉じようとしたとき、後ろからのびた手がそれを防いだ。

「あははっ、あはっ、そんなわけないじゃないですかぁー・・・」
 青白い顔の鮮花だった。何故か引きつりながら笑って本をどんどんめくって行く。
途中色々透かしたり、角度を変えていたがそんな仕掛けは無い。
この字は式って読めませんか?と僕に鮮花の字を指差して聞いてくる。
 
・・・・とても答え様が無い。

 後半の火を使うだとか、首だけ残して愛の女神のように土に埋めるなどの
哀しい現実の文字がどんどん鮮花の希望を打ちひしがす。

 バタン!!

 突然後ろの方から鳴り響いたドアの音にビックリして二人供振り返る。当然本は隠した。

「おう、二人供おはよう。」
 今夜ですよ。との返しも出来ないほどドキドキしていた。
本人がそこにいたからだ。

「今日はなー、いいものを買って来たんだ。」
 見ると橙子さんの後方にはどうやって階段を上ってきたのか不思議な大きい真四角い包みがあった。
「これはなー、便利だぞ〜。」
 橙子さんには珍しく、酔っ払ってでもいるのか上機嫌だった。そして荷物の布とダンボールを
剥がして行く。まさかあのなかに例の小さい箱や鉄格子の箱が入っているのだろうか。

「いや、いや〜!!狭いのも凍死するのも嫌っ!!!!」
 鮮花が僕の後ろで気絶した。どうやらプレッシャーに負けたようだ。

「・・・・ん?どうしたんだアイツは?只の棚だぞこれ・・・・?」
 箱の中には、書類などを収納する組み立て式の棚が鎮座していた。

 こんなオチだと知らなければ気絶するのも無理は無い。

「もしかしてお前らあの冗談で書いた本を見たろ?」
「ええっ!?」

「ああ、それでそんな反応を起こして気絶したのか。あれは魔術師協会に
冗談でだしたレポートの写しなんだ。」
 どういうことだろうか?

「あれを見た新米の何人が真似をするか知り合いと賭けをしていたんだ。
・・・それにしたってお前ら。人の物を勝手にみるとは随分度胸が良いじゃないか。」

 命の危機を実感したその時。思いもよらない事態になった。

「・・・・罰として。式も呼んでみんなでその高級料亭にいくぞ。」
「ええっ、そんなのでいいんですか?」
「もっと厳しい方がいいのか?コクトーはマゾか?」

「いいえ!とんでもない!!」

 
 実際、何でこれが罰なんだろう、と考えていたが、鮮花は何故か不機嫌で鮮花の恨みをかったようで、
そして支払いの時に全員分の支払いが全額僕に回ってきたのだ。


 そして料亭の出口にて
「ゴチになりましたっ!!(笑)」×3
 とんでもない値段に鼻血が出そうになったのを覚えている。

 女の子を怒らせるのと人のものに勝手に触れてはいけない、というのを
身体と財産で思い知らされるはめになったのだ・・・・。

 ちなみにあの棚も皆でその後に組み立てて今、事務所にとってかかせないものになっている。
こんな平和もたまにはいいか・・・出費があんなにでなきゃそう思ったんだろうな。

終わり。