人気のない、機械が生活しているようなマンショ
ンに、黒桐幹也は足を踏み入れた。

・・・刹那、眼には星。後頭部を思いっきり殴られ、
幹也は大地に倒れ伏した。

 魔術師の試練 〜 鮮花の場合 〜 



2日前、式のことを「男」呼ばわりしたまま
伽藍の洞を飛び出した鮮花は、しかし、したたかだった。
幹也の目の前で炎を召喚したついでに、橙子師のペーパーナイフを
フェイクの盗聴器と入れ替えてあった。橙子師のことだから、
気づいても「面白い」とかいってそのままにしてくれるだろう。

入れ替えたときにはこれといった情報がほしかったわけではない。
ただ、「不潔」呼ばわりされた幹也がどんな言葉を口にするか、興味があった。
「用意周到」、鮮花の座右の銘の一つだ。

しかし、その盗聴器は意外な声を鮮花の元に届けた。
式が拉致されている。しかも、あろうことか、闖入者は
幹也のことを、橙子の弟子と認知したらしい。

幹也はまた、式のために、危ない橋を渡るつもりなのだろう。
夏の日、幹也が意識不明のまま生死の境をさ迷った日々を思い出す。
それは、幹也の妹(悔しいが)として、そして橙子師の正当な弟子
として、許せないと思った。「橙子師の弟子は私しかいない」これは
立派な動機だと鮮花は確信した。
相手は魔術師だ。幹也を足止めする必要がある。
鮮花の頭脳が思考をめぐらせはじめる。

幸い、幹也はフェイクのペーパーナイフを持ち歩いていた。
電波を逆探知し、進入路を確認して、マンションの入り口で
待ち伏せする。地下から潜入する同士がいたようだが、
この際、忘れることにする。

「幹也、ごめんっ!」
声よりも早く、鮮花が振り上げたハンマー(推定50t)は
幹也の後頭部を捕らえ、彼は哀れにも前後不覚となった。
鮮花の謝罪の声が届かなかったことは言うまでもない。

鮮花は手際よく幹也を黒いビニール袋に詰めて、
マンションの「燃えるゴミ」置き場に並べて置いた。
「ふっ、木の葉を隠すなら森よね」
それはどうかと思うが?鮮花・・・


エントランスホール中央のエレベーターが、嫌な音を立てて停止した。
中から現れたのは、赤の魔術師。
アルバは、幹也が現れるだろうと思ったところへ
礼園の制服姿の鮮花が現れたのをみて、一瞬虚をつかれた。
「おまえ、誰だ?」
アルバはかつて、蒼崎橙子の学生時代の写真を見たことがある。
鮮花の鋭い視線が、橙子のそれと一瞬オーバーラップした。

鮮花はアルバとは初対面だったが、その癇に障る声を聞いて
瞬時にこの男を敵と認識した。
「失礼な男、レディに名前を尋ねるんだったら、
 まず自分から名乗れば?」

鮮花の語気に一瞬ひるんだかにみえた長身の男は
瞬時に立ち直ると、一転、慇懃無礼に、名乗りをあげる。
「これは失礼しました、レィディ。我が名はアルバ。アルバ=コルネリウス。
偉大なる魔術師にして、人形師、かのシュポンハイム修道院の次期院長でもあります。
以後お見知りおきを・・・」

いちいち台詞が癇に障る男だ。
「私は、黒桐鮮花、唯一無二の人形師、蒼崎橙子の弟子。
あなた、よくも私のことをないがしろにして幹也のことを弟子だなんて
勝手に勘違いしたわね」
一気にまくしたてた。「唯一無二」のところを特に強調したのは
いうまでもない。鮮花に人形作りのことはよくわからないが、
師の腕が、眼前の「派手」と「軽薄」とに手足が生えて歩いている
ような男に劣るはずがない。ということだけは、直感でわかった。

「ほぉ、君がアオザキの真の弟子というわけか。
先日の凡庸な青年が弟子とは、少々おかしいとは思っていたが、
なるほど、雰囲気だけはあるようだね、レイディ?」

ひとつひとつ、腹が立つ物言いだ。
「はっきりいって、式のことなどどうでも良いのです。
むしろ、あなたたちが攫うなり殺すなりしてくれたほうが
ずっと好都合なの。でも、幹也にかかわった貴方は許せない。」

鮮花のもう一つの座右の銘は、「先手必勝」である。
自分より数ランクは上の敵を相手にする以上、「先手必勝」は当然のことだ。

   AzoLto−−−−−−−−−−!

火蜥蜴のグローブに包んだ右手を握りしめ、
あらん限りの火力をアルバと名乗った男にぶつけた。
炎の赤と、コートの赤とが溶け合い・・・そして、その炎の中から
アルバがなにごともなかったかのように鮮花の眼前に現れた。

「酷いことをするなぁ。アザカ、そんな火遊びをどこで覚えたのかな?」

第2波、もとより一撃で仕留められるとは思っていなかった。
幸い、至近距離に向こうから飛び込んできたのだ。炎を渦状に形成して
アルバの周りにぶつける。しかしアルバはルーンを高速詠唱して、
炎と逆回りの風の渦を作り、鮮花の攻撃を無力化した。

「うそ?」

鮮花には、魔術師としての蓄積はほとんどない。
才能という部分では稀有のものをもっているが、それとて
練達の魔術師の前には子供の遊びのようなものであった。
しかも、鮮花には、先制攻撃に失敗した場合の2の手、3の手がない。

「ここは、私の構築した結界の中だよ。
アザカ、君の魔力は通常の1割の力すらないはずだが、
君の師はそんなことも教えてくれなかったのかい?」

既に鮮花と鼻が接するほどの距離に近づいた赤の魔術師は
哀れみの光を浮かべて笑う。

鮮花はしかし、逃げなかった。
眼光だけで相手を制するかのように、赤の魔術師の瞳を睨みつけた。

「いけないな、君のようにチャーミングなお嬢さんがそんな眼をするとは」
演技がかったセリフに続けて、攻撃呪文をアルバが構成する。

「傀儡(くぐつ)」の呪詛
鮮花の両腕が、両足が、突然自由を失う。
背中からホールの中央の柱にたたきつけられ、激しく咳き込んだ。
そのまま床へと崩れ落ちる。

魔術師の戦いは一瞬で決する。
鮮花は既に魔術で敗れていた。


鮮花は右手に、小さな巾着袋を握りしめている。

あれは3ヶ月ほど前、
幹也が意識不明になって、鮮花が取り乱していた頃
橙子から直々に渡されたものだ。

「伽藍の洞」の奥まった部屋、
昏々と眠る幹也の横で、橙子師は唐突に鮮花に切り出した。

「魔術師が関わっているとすれば厄介なことになるかもしれないな」

「それでは、幹也が眼を覚まさないのは、魔術師の仕業だと?」

「そうとは言い切れない。宙に浮かんだ女が魔術師だとは、正直思えない
からな。ただ、後ろから糸を引く魔術師がいる可能性も否定できないと
いうことだ。」

いつもの持って回った言い回しに、鮮花は少々苛立ちの色を見せた。
しかし、おかまいなしに橙子は続ける。

「鮮花、魔術師は器のようなものだ。
天に、地に、大気に満ちた、世界の意思が刻まれたルーンを
器に満たして、これを具現化する。

魔術が技術と変わらないという話はおまえも知ってのとおりだが、
技術が、刻まれた時を結晶化したものであれば、魔術は
時を流れのままに器に湛えたものだと思えばいい。

結晶化した技術は、誰でも扱えるが、流れ、散逸する魔術は、
魔術師という器なしには、扱えない、ただそれだけの違いだ。」

『そんなことはわかっています』 鮮花の顔に大きな文字で書かれている。

「しかし、敵対する魔術師の結界の中では、ルーンを集めて
力とすることはできない。ルーンの供給そのものが絶たれている
からね。その結界のなかでは、魔術師は空の器といっていい。
それでも、器の力だけで戦わなければならないときがある。」

「わかります」 一言だけ、鮮花は相槌をうった。

「師としては、おまえが戦う日が来ないことを願っている。
しかし、器自身の力も少しは蓄えておけ。
その日が来てから慌てても手遅れだからな。」

「いいえ、幹也の身にかかわることであれば、私は戦います。
もともと橙子師に弟子入りしたのも、式と戦うための手段としてです。
ここで後ろに退けば、それは私が私を否定することと同じです」
いつになく鋭い語気で橙子に告げる鮮花。

「くくくっ、そう言うと思ったよ。鮮花は」

苦笑しながら、橙子は小さな巾着袋に入った石?と思しきものを鮮花の手の上に載せた。
「これは何ですか?」
さすがに魔術の入り口に立ったものとして、迂闊に袋を開こうとはしない。

「時忘れの魔法石、蒼崎の家に伝わる秘蹟の一つだ。
ほかにもいろいろあったんだが、うちの馬鹿妹にごっそり持って行かれてね、
手頃なのはこれくらいしか残っていない。かなり危険なアイテムだが、
蒼崎の弟子が他の魔術師の手に落ちるわけにはいかない。」

「はぁ・・・」
危険と言われて、ひるむような鮮花ではないが、今回のはあまりにも
胡散臭かった。気のない返事にそんな雰囲気を橙子は瞬時に読み取った。

「決して見るな、決して開くな、そのときは鮮花の破滅の時だ。
これは、器そのものの力をルーンに変え、外界からの援助なしに
魔術を構成する、禁断の石。具現されるのは『時忘れの魔法』、
時の流れを石の回りに張った結界の中でだけ、完全に停止させる。

時が静止した空間の中では、たとえそれが眼前1センチに迫った
銃弾であれ、永遠に鮮花に到達することはない。」

「しかし、それでは私も死んだも同じです」

「それでも、お前が敵の手に落ちないことだけは保証できるだろう。
その結界に上手く私が気づけば鮮花を救出することもできるかもしれない。」

なぜ、そんな危険なものを?
と思ったが、ありがたくいただいておくことにした。
幹也の身に何かがあれば、私はためらわずにこれを使うに違いないと、確信したから。

「それに、強力なアイテムは鮮花自身の魔術の力をより強く引き出す触媒としてもはたらく。
まぁ、魔術師のお守りとでも思っていればいいよ。」

こうして危険きわまりない石は鮮花の手に収まった。
鮮花的には、確かに以前よりも強力な炎を操ることができるようになったが、
同時に、制御が難しくなったようにも感じていた。


その石はいま、鮮花の右掌、火蜥蜴のグローブ越しに
握りしめられている。


 強力な魔術で地面に磔にされた鮮花をアルバが見下ろした。
跪き、鮮花の髪を一房手にとる。

「髪なんかどうするつもりっ」

「美しい髪だ。アザカの髪を仕込んだ人形を作ってみるのも一興かもしれないね」
あくまでも穏やかな笑顔を作ってアルバが応える。

「しかし、アザカ自身を人形にする方が、楽しそうだ。
髪の一筋も損なうことなく、完全なるコクトウアザカとして、君を再構成してあげよう。
その方が、君の師も、嬉しいんじゃないかな?
ねぇ、アオザキ」

「!!!」

「アオザキ、可愛い弟子が人形になるのはどんな気分かな?」

アルバが鮮花の眼前に突き付けたのは
首から下を失った、変わり果てた師匠の姿。

「なんてことを・・・」

鮮花の顔が恐怖と嫌悪に歪んだ。
と同時に、己の力もわきまえずにアルバに挑んだ自分の不明さを恥じた。
「幹也さえ、かかわっていなければ・・・」

「さようなら、アオザキ、君の愛弟子の魂もじきに追いつくだろう。
それまでの間、少しは我慢というものを覚えることだね」

アルバの手が橙子だったものをつかむ。両眼を抉り、
頭蓋を微塵に砕いた。橙子だったものは、ただの肉隗へと果てた。
「キミはあんなに美しかったのにね、トウコ」
最期にアルバは橙子のことを「トウコ」と呼んだ。


アルバが冷たさを帯びた低い声で、呪詛を構成する。
「随分余裕があるのね」
黙っていることに耐えられなかった。
鮮花が吐いた言葉からは既に熱が失われかかっていた。

「ゆっくりと人形にしてあげよう。生きていることを、生きていたことを
世界の果てまで呪うほどに」
高く、低く、アルバの詠唱が続く。

鮮花の左腕がゆっくりと呪詛に反応して自分の首に近づいてゆく。
人間は決して自分の手で自分の首を絞めて殺すことはできないと
いうが、この手は既に自分のものではない。

生きながらにして、自分が人ならぬモノに変えられていく不快感が
全身に広がっていく。不思議と「殺される」という恐怖感はなかった。
ただ、変えられる、帰れないというおぞましさだけが鮮花を覆った。

「時忘れのルーン」を伝授したときの橙子師匠は、このときのことを
予感していたのだろうか?
 

  脳への血流がおぼろになり、
  早鐘をうつ血流が耳に響いた。
  しかし、その生命を根拠付ける動悸すら、鮮花には
  遠い他人のもののように感じられた。

  まだ右手は自由だ。それは、鮮花の最後の意識の防波堤でもあった。
  そして、時忘れの石を収めた小袋は、常に右手にあった。

  ついにその時が来たのかもしれない。
  鮮花は意を決して、右手の指先でその袋を開こうとした。
  しかし、気を集中できず、袋は指先から滑り落ちた。
  手首にかけた紐のおかげで、鮮花の手から失われることはなかった。

  一瞬、アルバの注意がその袋に向く。

  鮮花はもう一度、右手を操り、袋を開こうと試みる。
  そのとき、袋に赤い文字が浮かんだ。
  『汝、唱えよ。「ザコ」と』

  「ザコ」
  鮮花の喉から、音が発せられた。

  いまいちど、「ザコ」

  アルバの長い長い呪詛が突然止んだ。

  こんどは、鮮花の渾身の気力を含めて
 
  アルバに言葉をぶつける 「ザコ!」

  不意に、喉を絞める自分の左手が緩んだ。

  鮮花は橙子師のもとで、いくつものルーンで書かれた4行詩を書写していた。
  (もちろん、書写する前に、橙子師の手で英語と日本語とに翻訳されていたのだが)
  いずれ、自分自身のオリジナルな呪文を構成する際の糧として、それらを自分自身の中に沈殿
  させていく地道な作業。そのなかに橙子師の手書きで、「ザコ」をに関連するいくつかの詩(?)が
  あったのを思い出す。書写しながら、『ことわざ辞典の下手くそなアレンジみたいだ』と思った一節だ。
  アルバへ向けて、言葉を紡ぐ。

   汝、矮(ちい)さき者
   小人閑居して無をなす
   
   井の中の中、大海を知らず
   賢者は口を閉じ、愚者は百言して一事を為さず


  アルバの顔がみるみる、コートよりも赤く染めあがっていく。
  詠唱を止めた唇は震え、眼球が飛び出し、頬は顔面痙攣の症状を示していた。
  「ア、アオザキっっ」

    
  ついに鮮花の左手が喉元を離れた。
  まだ、全身は人ならぬモノだったが、辛うじて、立つ事はかなった。
  一番のダメージをうけた筈の喉は、その一つのフレーズを
  ルーンで刻まれた呪文のごとく唱えつづけた。容赦なく。

  「私は、アルバ・コルネリウス
  ローマの古代から連綿と続くコルネリウスの連枝
  偉大なる魔道師、アグリッパの末裔にして、シュポンハイム修道院の次期院長、
  決っして、アオザキごときに遅れをとるものではない。

  まして、血脈の積み重ねもない、アオザキの弟子ごときには・・・」

  アルバは自分自身を諭すように、繰り返し吼えた。

  しかし、その言葉が繰り返されるたびに、
  鮮花の身体は、鮮花自身に戻っていった。
 
      
 アルバの結界の中では、魔術では勝てない。
 鮮花は、内ポケットから、すりかえた橙子師のペーパーナイフを取り出し
 アルバに切りつける。

 どこかで聞いたことがある。

   『人を刺すときには、得物にもよるが、心臓は狙わないほうがいい。
   肋骨は意外に堅牢だ。華奢なナイフなぞはじき返される。』

 鮮花の眼には、死の線は映らないが、躊躇なく魔術師の
 懐へ飛び込み、腹部にペーパーナイフを突き立てた。
 赤の魔術師の守りは、物理的には無に等しかった。

 「あぶないな、あぶないな、あぶないな・・」

 アルバの視線は足下の血溜りを凝視していたが、
 その眼光からは理性の色が失われていた。
 
「たった一度の反撃で、なんて、不様。」
吐き捨てる鮮花。

この結界の中では魔術は使えない。
左脇腹にペーパーナイフを刺したままのアルバに向かって
鮮花は飛び上がりざま、延髄切りを放つ。さすがに
礼園の制服で、踵落としははばかられたのだ。

アルバの口から、蛙を踏んだような声が搾り出される。
その瞬間、結界が失せた。
アルバは慌てて結界の再構成をはじめる。

アルバは守りに入る前に、鮮花を一撃で仕留めるべきであった。
しかし、自分の領域に相手を置くことを勝利よりも優先した。
手段のためには目的を選ばず。
つまりそれがアルバの甘さ。

鮮花は一番確実に相手を屠る呪文を、
アルバの脇腹に刺さった橙子師のペーパーナイフへ、ぶつけた。

AzoLto−−−−−−−−−−−−−−!!


瞬間、アルバの全身の血流が一気に発火したかのように爆発した。
橙子師のペーパーナイフは、鮮花の火力を避雷針のようにかき集め、
アルバの体内へその力を放出したのだ。

「おまえに人は殺せないよ」
そう複雑な表情で言った式の顔を何故か思い浮かべた。


そしてそのとき、マンションの入り口が、
あり得ざる人を迎えて開く。

「やぁ、鮮花、私の出番はまだ残っているかな?」
橙子師が、片手に大きすぎる鞄を持って、立っていた。
希代の魔術師にして、人形師、ペテン師でもあるかもしれない。
しかし、鮮花にはそこに橙子師がいることが
とても自然なことのように思えた。

「おまえ−−−おまえは死んだはずだ・・・」
光を宿さなくなった眼洞を宙に向けてアルバが吼えたが、
その声は既に橙子には届かない。

「あぁ、私をあの名前で呼んだ貴様には、もうすこし楽しいお仕置きを用意していたのだが、
鮮花がやってしまったとあっては仕方があるまい。せめて一思いに楽にしてやるよ。」
橙子師が用意した大きな鞄はまるで伝説の大口(インスマウス)のように口を開き、
火柱となった赤の魔術師を呑み込んだ。

しばらく、鞄の中からはなにか硬いものを咀嚼する音が続いていたが、
やがて止み、わずかに開いた鞄の合わせ目から、アルバの脇腹に
刺さっていたペーパーナイフだけが吐き出された。



橙子師は、足下に落ちたペーパーナイフを
やれやれと拾い上げながら、鮮花に言った。

「あれを使ったのか?」
鮮花は見透かされたという思いを隠し切れずに震え、そして言った。
「いいえ、使おうとしましたが、結局使えませんでした。
私が魔術を志すのは、あくまでも幹也を自分のモノにするためです。
私は、最後の最後で、死ぬのが怖かった・・・」

アルバに痛めつけられた喉を通してそこまで声にした
鮮花は激しく咳き込んだ。

「そうか、使えなかったか」
「使おうとはしました。でも、袋を開く手が震えて、開くことができませんでした。
あの男に人形とされても、幹也と共にありたい。
私のそんな未練が、あれを使わせてくれませんでした。
不様ですね、私」

「鮮花、それでいいんだ」
橙子師は、鮮花の強張った右手をゆっくりと開き、袋の紐を解いた。
「!」
「ほら、中身はただの瑪瑙だ。魔術も魔法もここにはない」

「しかし・・・」
「袋の表面に、お前が出会うであろう脅威の弱点を縫いこんでおいた。
でも、それは所詮は只の文字だ。その文字を声にして、アルバを追い込んだのは、
鮮花の生きたいという執念だ。」

「このことを見越していたのですか?」

「開いてしまえば、この魔法は終わりだ。
しかし、開かないことで、鮮花は器自身の力でアルバと戦えた。

それに、どんな瀬戸際に追い込まれても鮮花は死を肯定するようなことはしない。
だからこそ、鮮花は私の弟子だ。痛かっただろう、よく頑張ったな」

橙子師の指が、私の痛めつけられた首筋を優しくなぞっていった。

「器の力はささやかなものだが、魔術を成すモノは最後は器だ。
いかなるルーンも、器の形に従って力を形成する。
鮮花が魔術師にならないのは、本当に勿体無い話なんだが、
今からでも気は変わらないか?」

最後のお誘いは、師の誉め言葉なんだろう。
だからこそ、私は口にする。
「いいえ、私が魔術を学ぶ目的は一つですから」
師の前で、初めて上手に微笑むことができたような気がした。



  荒耶との死闘に勝利した式と、ゴミ袋と一緒に焼却場へ運ばれそうに
  なった幹也とを、なんとか回収できたのは、また別のお話・・・:-b






<<あとがき>>

 ども、アザカスキーのtunaです。
 出遅れましたT_T)>鮮花祭り

 しかも、やたらと長い割に面白くありません。
 最初は一発ギャグだったのに、どこで道をまちがえたのやら(苦笑

 はっ、背後からアルバの殺気が・・・『あ、あんまりだ〜。この扱いはあんまりだ〜。』
 『せめて名前くらい出せ〜(涙)』 許して、巴 ^^;)