「かぼちゃお化けのランタン」


1.発端はいつものように、いつもの場所で。

事務所のドアに手をかけたところで、僕はいつもと違う雰囲気に気が付いた。

ドアの向こうが、何か、騒がしい。

ばたばた、と子供が走っているような物音。そして。
「――――あ、こら、そっちへ行くな!」
なにかを追いかけているような、橙子さんの声が聞こえていた。

しばらく、考えてみたけど、橙子さんのやることで考えて分からないことも
少なくはないので、とりあえず、ドアのノブに手をかけた。

「橙子さん? 入ります―――」
いいなが、ノブを回して、ドアを引き開けるその瞬間に。

「あ、馬鹿、黒桐開けるんじゃ―――」
そんな、橙子さんの声と一緒に、オレンジ色の、球体が群をなして流れ出てきた。

「ーーーへ?」

ぽこぽこと妙にコミカルな音を立てて飛び跳ねながら、それは瞬く間に、
状況を把握できていない僕を包囲して、しまった。

「―――、かぼちゃ?」

そう、よく見れば、それはカボチャの用に見えた。

といっても、普通のカボチャではなく
西洋カボチャーーーそう、ハロウィンのお祭りで使われるようなカボチャ。

別に顔が刻まれている訳でもない、ごく普通のカボチャのようにも見えたけど
ーーーーあいにくと僕は、こんなに元気に動き回る「普通の」カボチャに心当たりはない。

「こら、黒桐、ぼー、としてるんじゃない! 捕まえろ!!」
ドアの向こうから、いきなり飛んできたのは橙子さんの叱咤の声。

「・・・捕まえろって」

かぼちゃは、「捕まえろ」という単語に、ぴくり、と反応したーーーように、みえた。

僕を包囲する彼らは、一度、ぴょこんと高く飛び跳ねると
一斉に僕のやってきた方向、つまりは事務所の出口にむかって疾走していった。

・・・うん、まあ、疾走だろうな。かぼちゃに足があるわけもないのだけれど。

いまいち、また事態を飲み込めない僕は、橙子さんの指摘通りに、
混乱して、呆然としたまま、開いたドアの向こう、事務所の中に足を踏み入れて。

・・・ますます事態が飲み込めなくなった。

何のつもりか、僕のとなりの使われていない事務机の上には
子供の頭ほどの大きさのかぼちゃがちょっとした小山を形成していた。

ざっと、20個はあるだろうか。

それだけでも異様な光景ではあるのだけれど、
さらにわさわさと小刻みに震えるかぼちゃが、一層、不気味さを引き立てる。

どうやら、逃げ出したかぼちゃは一部分だったらしい。

・・・なんだか眩暈がしてきたかな。

ざわめくかぼちゃの群れを呆然と眺め遣る僕の後ろで、橙子さんが少し乱暴にドアを閉めた。

「まったく、図ったように最悪のタイミングでくるな、君は」
憮然とした表情で橙子さんは煙草に火をつけた。

「芸術家が仕事をしているときに、アトリエに踏み入るのは無粋に過ぎるぞ」
「アトリエって、橙子さん。ここは事務室ですよ?
 いつもこんな所で、創作なんてしないじゃないですか」
僕の指摘に、所長は眉を曇られて毒づくように言った・。

「あいにくと、下は「満室」でね。2,3日はまともに使えやしないんだ。
 あればっかりは、式にもどうにもならない」
2,3階は、未だ僕にとってはブラックボックスのままである。
橙子さんや式が、「そういう仕事」をする際に度々使用することがあるのは
知っているけれどもーーーまあ、知らない方が多分、精神の安定は保てるのかも知れない。

なにかご機嫌がよくない橙子さんは、とがめる様な視線で僕を睨む。・
「一体どうしたんだ? 今日は休みをやるといっただろう」
「今日中に見積もり上げないと、どう考えても例の納期に間に合わないんです」

「仕事熱心なのもいいが、せっかくの休みを潰すこともなかろうに」
「一日の休みより、一月分の給料の確保が優先なんです」
僕だって好き好んで休日出勤しているわけではないのだ。
そうでもなければ、式と一緒にいられる時間をわざわざ潰したりなんかするもんか。

「そういうことなら、見積もりは後だな。さっきのかぼちゃを捕まえてきてくれ」
「やっぱり、かぼちゃなんですか。あれ」
「かぼちゃ以外のものに見えたというのなら、眼鏡を変えた方がいいぞ」
「少なくとも僕の知っているかぼちゃは、あんな愉快に動かないんですけれど」
「お化けかぼちゃだからな、動いて当然だろう。
 わざわざ、ジャック氏から仕入れた珍品だぞ?」

ジャック氏、なんて言われても誰のことかわからなかったけれど、
その人のことを尋ねるより、不吉すぎる言葉が僕の脳裏にこびりついた。

「今、仕入れた、って言いました?」
「言った」
「はっきりいって、今、事務所の資金はありません」
ああ、知ってる、なんて軽く言いながら紫煙を吐き出す橙子さん。
そして言った。

「借りた」
「どこから―――いくら、です―――?」
搾り出した声は、自分でも悲しくなるほどに震えていた。

「聴きたいのか? 多分聞かない方が幸せになれると思うぞ」
「ーーーいったい、いくら、借りたんですか・・・?」
「まあ、あそこで蠢いているかぼちゃ一個が、福沢諭吉50人くらいの仕入れ値か」
諭吉さん50人×カボチャ20個=諭吉さん1000人。

いっせんまんえん。

・・・卒倒しなかった自分を誉めてやりたい反面。卒倒してしまえなかったことに
いくらか後悔しなくもない。

いや、そんなことを入っている場合じゃない。

「さっき、逃げた、かぼちゃ、は、いくつ、いたん、ですか」
橙子さんは、空に視線を漂わせながら右手を指折った。

「・・・ざっと、20、かな」
「ざっと、じゃないです! 一個でも僕の3ヶ月分の給料越えてるんですよ!!」

「いったい、全部でいくつーーー」
「全部で50個」

諭吉さん50人×カボチャ50個。

つまり、えーと、つまり。

にーーー、にせん、ごひゃくまんえんーーーー?

「一体、なんでそんなの買ったんですか?!!」
「そう、つっかかるな。
 あれはカタチを刻む前に、その方向性をもった珍しい植物種なんだ。
 ジャック・オー・ランタンをあれで造ると中々の逸品ができあがる」
「そんなことーーー」
「いいから、聞け。魔術要素の強い、ジャック・オー・ランタンは
 然るべき所へ持っていけば、然るべき値段ではけるんだ。
 珍しく私が、事務所の経営に貢献しようとしていたのにーーー水を指したのは君だぞ?」
橙子さんの言い方は、まるで僕に全責任がある、と言わんばかりだった。
あるいは、橙子さんのことだから本気でそう思ってるのかもしれない。

ーーーいや、今はそんなことにこだわっている場合じゃない!

「とにかく、アレを捕まえないと」
「そうだな。さすがにあんなのに町を闊歩されて、協会に発見されては目も当てられん。
 まあ、ある程度、魔術的な要素が無いところでは具現はしないがね」

「ま、それでも万一、車に轢かれでもしたら、さすがに再生できないからな。
 そういうことで、黒桐。当面の間、カボチャを主食にしたくなければ、
 さっさとアレを捕獲して来ること。得意だろう? 失せ物探し」

さも、当然、といった風情で二本目のタバコに火をつける橙子さんは、
何故かとても嬉しそうだった。

2.かぼちゃ逃走経路

「・・・まあ、君の情報網を今更詮索する気にもならないが」
酷く呆れたようなその声で、橙子さんが電話の向こうでどんな顔をしているのか
想像がついた。

「なんだって、かぼちゃの居場所なんかが直ぐにわかるんだ。不可解だ」
「僕だって、探したくて探しているわけじゃありませんよ」
車のアクセルを踏みしめながら最近手に入れた携帯電話に向かって答える僕の声は、
我ながら憮然としている。

それも当然、僕だってかぼちゃのお化けなんて探したくて探している訳じゃない。

『―――おまえ―――、いや、いい。かぼちゃのような何か、だな。わかった、探す。
 それと、いい病院も探してやろうか?』
先刻の学人との電話のやり取りである。

・・・お前がが何を言いたかったのか、よく分かるよ、学人。
僕だってお前から、『かぼちゃを見なかったか?』なんて、電話がかかってきたら―――酷く心配だから。

「お陰で、かなりおかしくなったと思われましたよ」
「そいつは災難だったね」
まるで自分には一切の責任がないと言わんばかりの橙子さん。
思わず声を荒げようとしたけれど、徒労に終わることは目に見えているので
喉まで出かかった台詞を、別の穏便な言葉に置き換えた。

「とにかく、妙なカボチャの目撃例が既にちらほらとあるみたいです。
 これってまずいんじゃないんですか?」
「この時期にあの類の怪異が、跋扈することは珍しくもない。
 もともとここはそう言う国だからな。百鬼夜行なんて言葉もあるくらいだろ」

「しかし、あいつらが逃げ出して、30分程度だぞ、黒桐。
 常人に見えるわけも無し、なんだってそんなに目撃例が集まるんだ」
「僕が聞きたいですよ、そんなの。とにかく、現段階での目撃例は7件です。
 まあ、みんな『かぼちゃ』だとは思わずに、風船とか、ボールとかだと思ってはいたみたいです。
 少ないながらも目撃地点を地図に落とすと―――」
そこで、橙子さんは僕の言葉を先取りした。

「両儀家と、礼園に向かっている可能性がある、か」
「・・・ご名答、です。最初から、わかってたんですか?」
だったら、最初から教えてくれてもよさそうなものだけれど。

僕の語気から、そういった雰囲気を読み取ったのか、怒るな、といって橙子さんは悪びれずに笑った。

「殊に、探し物に関しては君のやり方に口を出す気はないんだ。
 まあ、この地域の霊的な道の流れを考えれば、両儀、礼園に向かったのはまあ予想できはしたがね。

 とにかく両儀家に、急いだほうがいいな。
 礼園でかぼちゃが破損する可能性は低いが、
 両儀家では極めて高い確率でかぼちゃが『殺される』」

「じゃあ、橙子さんは礼園の方をお願いします」
「ダメ」
「―――は?」

――――イマ、ナント、イッタ?

「・・・橙子さん?」
「だから、ダメ。忙しいから。
 そろそろ、ランタン作りを始めないと間に合わないからな。
 せっかく原料を全てそろえても、納期に間に合わないんじゃ本末転倒だろう?」
さも当然、と、おそらくは煙草でも吹かしながら言っているだろう橙子さんの
意地の悪い笑顔が鮮明に脳裏に浮かぶ。

「原料が破壊されても納品なんて出来ないでしょう?!」

「そこはそれ。君の頑張り次第だ。では、黒桐、健闘を祈る。
 ああ、そうだ。ついでだから式にも手伝ってもらえばいい。
 よくよく考えれば、君の目じゃお化けかぼちゃは見えない可能性があるからね」
「そういう大事なことは最初に――――」
ツーツーツー。

・・・切られた。

・・・まあ、今更。橙子さんの性格についてどうこう言うのも。

「・・・泣くもんか」

携帯電話の電源をきって、僕は一人でそう呟いた。


3.両儀の屋敷にかぼちゃは舞って。

不幸中の幸いというべきか、今日は、式が両儀の屋敷に戻る数少ない日である。

つまり、両儀家に行けば、その場で式にかぼちゃを見つけてもらえる訳だけど
その前に問答無用で、かぼちゃが全滅している可能性もあるわけで。

ああ、橙子さんのランタンがいくらで売れるか知らないけれど、とにかく、
安定してご飯を食べるために、かぼちゃを救わなくてはならないのだ。

そんな二律背反的な葛藤を抱えるながら、出来うる限りアクセルを踏み続ける
僕の視界に、やがて両儀の屋敷が飛び込んできた。


いつもながら圧倒される雰囲気の屋敷。
その正門には―――箒を持ったスーツ姿の人物が一人何かを片付けている様子だった。

黒いスーツのその人物の足元に転がるのは。

まさか。


頭から滝のような勢いで血が引いていくのを眩暈と共に感じながら、
僕は思いっきりブレーキを踏みつけた。

キイイイイイッツ!!

タイヤの耳障りな悲鳴がまだ耳に残る間に、僕はふら付きながらもドアを開け、
―――助手席に積んであった『箒』を片手に掴んで、車から飛び出した。

「あ、秋隆さん
「黒桐さま―――?」

目の下を薄い隈に縁取られた、いつもながら青白い顔の秋隆さん。
いきなり、車であらわれた僕と手に持った箒に、ほんの僅か眉をしかめたけれど、
箒とちりとりを持ったまま秋隆さんは、お手本のような一礼をしてくれた。

「お久しぶりでございます。黒桐さま」
「い、いえ、こちらこそご無沙汰してます。あ、すみません、こんなところに車を止めて」
「いえ、お気になさらず。キーをお預けいただければ、中の駐車場に止めさせていただきますが」
「ありがとうございます」
いや、そんな社交辞令を交わしている場合じゃない。

「と、ところで、秋隆さん。そ、それは―――」
「お見苦しいところをお見せしまして、申し訳ありません。
 ちょうど、清掃中でして」

清掃中。

清掃。

何を? 何を秋隆さんは清掃している最中だというのだろうか。
おそらくは秋隆さんの足元に、無造作に転がっているオレンジ色の物体を。

・・・落ち着け。黒桐幹也。
別に、まだ、そうと決まったわけじゃないだろう?
そうだ。秋隆さんがたまたま、西洋かぼちゃを運ぶ用事があって、
たまたま落としてしまったのかも知れないじゃないか。

なるべく秋隆さんの顔を見ないようにして、僕は微かに震える指先でオレンジ色の物体を指差した。

「あの、秋隆さん、そ、それは、なんでしょう。その、足元の・・・」
「カボチャ、だと思うのですが」

かぼちゃ。

「あの、それは、そのかぼちゃは・・・動いてたりなんか、してませんよね」
「よくご存知で。どういうからくりか知りませんが、動くような仕掛けがしてあったようです」

――――終わった。

ああ、さようなら、諭吉さん。

――――今度、また、いつか。お会いできたらいいですよね。


僕は、万感の思いを込めて、この際、かぼちゃ(福沢諭吉さん)の冥福を祈るつもりで瞼を閉じた。
・・・なぜだか、秋隆さんの淡々とした声がやけに良く聞こえる。

「このようなものがはね回って、子供にでもあたっては危険きわまりないですので。
 とりあえず、箒ではたきましたところ―――このように痙攣している次第です」
危険、という言葉に僕は慌てて秋隆さんに頭を下げた。

「す、済みません!実は、このかぼちゃ、家の事務所のモノなんです。お怪我はありませんでしたか?」
「ご安心下さい。卑しくも両儀家の執事を努めさせていただいている身でございます。
 かぼちゃ程度に遅れはとりません。
 かぼちゃの、10や20。叩き落とすなど造作も無いことでございます」
淡々と、しかし誇るように秋隆さんは微妙な台詞を吐いた。

とりあえず、もう一度頭を下げようとしたとき、ふと、
秋隆さんの台詞の中の単語が耳に残っていることに気付く。

「箒」と「痙攣」


・・・箒で、はたいた? 
・・・痙攣?

急いで秋隆さんの足元に視線を落とすと―――確かに、秋隆さんの足元に転がっているかぼちゃ達は
割れている訳でも、欠けている訳でも、粉砕されている訳でもなく、ほとんど、無傷のようだった。
ただ、ぴくぴくと、小刻みに痙攣しているだけ。

そう。つまりは、『死んではいない』。

「秋隆さん、ひょっとして、家の蒼崎から連絡がありましたか?」
「いえ? 蒼崎様からは、何もご連絡を承っておりませんが」
「じゃあ、その箒は? このかぼちゃを箒で叩けって言われたわけじゃないんですか?」
「いえ。たまたま、玄関先を掃除しておりましたところ、このかぼちゃに襲撃されましたもので」

・・・不幸中の幸い、という奴だろうか。

はああ、と深く安堵の息を吐き出して僕は、自分が握っている箒に目を向けた。

「あのーーー他には、いなかったですか?」
「正門からの進入を試みた――かぼちゃはこれだけのようです」

良く見れば、びくびくと痙攣しているようだから死んではいないみたいだ、かぼちゃ。

僕はポケットからシールと取り出して、小刻みに震えつづける物体に貼り付ける。
そのとたん、かぼちゃは痙攣をやめ・・・ようやく『普通のかぼちゃ』へと変わっていく。
つまりは動かないかぼちゃになったわけだ。

「失礼ですが、黒桐様。それは?」
「・・・かぼちゃ封じの札・・・らしい、です」
「さようでございますが」

自分で言ってても可笑しいと思う僕の言葉を秋隆さんはごく平然と受け止めてくれた。
まあ、『かぼちゃに遅れをとらない』と豪語した秋隆さんだから、とくに違和感なく受け入れてくれたのかもしれないけれど。

かぼちゃは・・・5つ。

・・・とにかく、良かった。これで、250万は回収できたんだから。

「そうだ、秋隆さん。今日は、式、こちらに居るはずですよね」
「はい、いらっしゃいます」
秋隆さんは僅かに口元をほころばせた。

「こうして、式お嬢様が月に一度とはいえ、お戻りになられるようになったも、すべては黒桐様のお陰。
 旦那様も奥方様も、本当に黒桐様には―――」
「済みません。式に会わせて貰えないでしょうか。
 その、一家の団欒を邪魔をするのは、恐縮なんですけれど」

「それでしたら、少々お待ちください。直ぐにお呼び―――」

おそらくは、「してまいります」と続くはずだった秋隆さんの言葉が途切れ、
その視線が僕の傍ら、つまりは門の向こうへと吸い込まれた。

そこにいたのは、藍色の紬に身を包んだ女の子。
彼女は、とても不機嫌そうに眉を曇らせて僕を睨んでいた。

「・・・俺を呼びに来る必要ならないぞ、秋隆」
声も目つきにたがわず、不機嫌そうな響きを帯びていた。

「式」
「お嬢様」
「秋隆、そのおかしなかぼちゃ、幹也の車に放り込んで置いてくれ」
「はい。畏まりましたお嬢様」
式は、秋隆さんにそう指示を出すといきなり僕の手を引張った。

「幹也、お前はこっちだ」
やや、力が篭っていて、式が怒っているけれど怒りきれていないときの典型的な態度だと分かる。

「あの、式。何を怒って・・・・?」
「いいから、来い」
僕の顔を直視せずに、式はそのまま僕を池のあるところまで引張っていった。


大体の日本庭園がそうであるように、両儀の屋敷にもやはり池がある。
これまた当然のように見事な鯉が泳いでいたりして、
ただ見るだけで心が落ち着く雰囲気を醸し出している。いつもなら。


さすがに、橙色のカボチャが軽快に飛び跳ねていては、風情も何もあったものじゃない。

秋隆さんの目を潜り抜けて、両儀の屋敷の中に入り込んでいたかぼちゃもいたということか。

・・・なるほど。
この有様なら、式が怒るのも無理はない。

納得して、一人首を振っていた僕に、冷え切った式の声が突き刺さる。
「これ、お前の仕業なのか」
「誰の仕業かというと、橙子さんの仕業だと思うんだけど」
「さっき、トウコから電話があった。
 お前がわざわざ、こいつらを逃がしたとか言ってたぞ。あいつは」

・・・あの人は。

「式。それは、綺麗さっぱり誤解だよ」
「わかってるよ。
 こんな悪趣味なことするのはあいつか、あいつの知り合いの魔術師くらいだ」
式はそこで言葉をきって、吸い込まれそうな黒の瞳で僕の顔を覗き込んだ。

「それで?」
「それで、って。ああ、これは橙子さんの仕事の原料らしいんだけど・・・逃げ出しちゃって」
「そんなこと、聞いてない。こいつらをどうすれば良いんだ」
まだ、怒ったような表情はそのままに、式は騒々しいかぼちゃ達を指差した。

「勝手に殺したら、お前が困るんじゃないのか?」
「いや、その・・・すごく、困る」

いらただし気な確認の言葉に僕は大急ぎで首を上下させた。

あれだけのカボチャが全滅したら冗談じゃなく、ぼくはあのカボチャを食べて生活する
羽目になるかもしれないし――――式にもそんな食生活に付き合ってもらう訳にはいかない。

・・・だから、式に手伝ってもらわないと。

情けなさを隠して、僕は自分にそう言い聞かせると手にもった箒をそっと式に差し出した。

「この箒で、かぼちゃをたたき落としてくれると嬉しいんだけど」
「・・・何で箒なんだ」
「えーと、橙子さん曰く、『かぼちゃと言えばハロウィン。ハロウィン言えば魔女。
 魔女と言えば箒に決まってるだろ』だって」
式の呆れた表情を直視できずに、いい訳めいた言葉を僕は矢継ぎ早に、投げかける。

「・・・なんだ、それ。意味ないじゃないか」
「僕もそう思うんだけれど。カボチャを壊さないように捕獲するにはこれが一番なんだって」
「・・・もういい。貸せ」

なにかを諦めたように言葉を吐き出すと、式はいたずらをした子供をしかるような視線で僕をにらんで、
そっと、僕の箒を受け取った。

軽く、その重さを確かめるように、箒を一閃させると、ぺったん、ぺったんと跳ね回るかぼちゃを
嫌なものをみる目つきで睨むと――――式は片手に宙を舞った。

―――それは、まさしく文字通りに。

静かな緑の中を、舞い踊るかぼちゃ。
その橙色のオブジェの中を箒を持った青い和服の少女が駆け抜けた。

それは、漫画に出てくる剣豪の一閃と似ていたのかもしれない。

式が箒を振るったと同時に、10個に近いかぼちゃが静止して。
式が着地したと同時に、金縛りがとけたように、かぼちゃ達は地面に落ちた・


時間にしたら、ほんの短い時間の演舞。
本来なら、酷く滑稽なはずの演舞に、僕は思わず我を忘れて魅入っていた。

「なにをボーとしてるんだ、幹也」
音もなく、大地に着地した式は、かるく埃をはらう仕草をしてから、
ぼう、としている僕をみて、また、眉をしかめた

その式に、僕は正直に感想を口にしてしまう。
「・・・見惚れてた。やっぱり、すごいな。式は」
「・・・かぼちゃを叩き落とすのを誉められても嬉しくない」

怒ったように吐き捨てて目をそらす式。
ちょと、照れてる式が、たまらなく可愛かったけど、今は心から彼女に感謝して僕は式の手をとった。

「ありがとう、式。本当に、助かったよ」
「貸しだからな。あとでなんか、奢れよ」

「それで、あの、式。もう少し手伝って欲しいんだ」
「何を」
「その・・・カボチャの捕獲」
そう、もう半数は礼園に向かっている可能性が高い。
だから、式にもう少し手伝ってもらわないと・・・やっぱり僕達の生活は破綻してしまうのだ。

しかし。

「嫌だ」
再び、不機嫌に式は僕を睨みつけた。

・・・まあ、そう言うとは思ってたし、僕だってこんな事頼みたくないんだけれど。

でも、生活がかかっている以上、引くわけにはいかない。

「お願い。後で、なんでも言うこと聞くから」
「じゃあ、橙子の事務所を止めろ」
即答。

そう来ることは予想しないでもなかったけれど・・・答えられるがないわけで。
言葉に詰まってしまった僕に、式は更に詰めたい言葉を投げてきた。

「ほら、出来ないじゃないか。嘘つき」
「うう、それ以外でお願いできませんでしょうか」
「幹也、俺、嘘つきは嫌いだ」

そういって、式は起こったように横を向いたけど・・・今、ちょっと笑ったな、式。
どうやら僕をいじめて楽しんでいるようだ。

そうか。そういう態度をとるんだな、式。橙子さんの悪いところを見習うなんて。

でもだったら、僕にも対応策はある。
「じゃあ、いい」

さっきのお返しとばかりに式の手を取った。

「あ、こら」
「とにかく、一緒にきてもらう」
「なんでだよ」

「この前、いつでも僕の目になってくれるっていっただろ。
 忘れたとは言わさないぞ」
それは式が僕に言ってくれた約束だった。

・・・まあ、言ってくれた状況が状況だっただけに、とぼけられるかとも思ったけど、
式はまともに顔を赤くして、目に見えてうろたえた。

「あ、あれは―――」
「嘘つきは嫌いって、言ったよね。今」
「・・・意地の悪い奴はもっと嫌いだ」
耳まで真っ赤にして、上目遣いで、すごく悔しそうに僕を睨む式。
そういう、式を見てると、なにか凄く卑怯なことをしたような気持ちになった、
素直に僕は頭を下げた。

「・・・ごめん。ちゃんとお礼はするから。手伝ってくれないかな」
そう言って、真っ直ぐに、僕は式の目を見詰める。

交差する僕と式の視線。

しばらく続いた、沈黙。
それを、打ち破ったのは式の静かな微笑みだった。

「・・・分かったよ。でも、こういうの、これっきりだからな」
「では、あちらのかぼちゃも黒桐様のお車にお積みしておきましょう」
「「―――?!」」

飛びのくようにして、後ろを振り返ると、そこのは黒電話を抱えた秋隆さんが佇んでいた。

「あ、秋隆。黙って後ろに立つな!」
背後を取られた不覚のためか、それとも、僕と見詰め合っていたところを見られたためか。
式は、めずらしく慌てた口調で秋隆さんを叱責する。

「これは申し訳ありません。ですが、蒼崎さまより、お電話がございましたので。
 黒桐様に」
こちらは全く動じた様子も無く、秋隆さんは、黒ダイヤルの受話器を差し出した。

・・・延々と電話線が延びていることには、まあ、この際触れないで置こう。

それよりも、なにか、もっと不吉な何かを感じて僕は、受話器を手にとった。


4.炎の刃に、かぼちゃは燃えて。

「鮮花!」
「兄さん!」
礼園の裏門の前。所在なさそうに視線を彷徨わせていた鮮花が、
車から飛び降りた僕を見つけて駆け寄ってきた。

シスターを思わせるシンプルで清楚な制服に身を包んだ妹。
その頭部には包帯が蒔かれていた。

どうやら、橙子さんの電話は本当だったらしい。
そう、さっきの橙子さんの電話は『鮮花がかぼちゃを捕まえた』というものだった。

橙子さんの予想通り、かぼちゃは両儀の屋敷と、礼園に向かっていたらしい。

それを鮮花と他数名(誰かは聴いてはいない。想像はつくけれど)が協力して
捕獲してくれた、ということだった。

鮮花の頭の包帯は、その時に負傷したものということ。
なんでも、出現したかぼちゃはいきなり、鮮花の頭に直撃した、とか。

「鮮花、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと大げさなんですよ、これ――――」
そういって鮮花は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

が、僕より少し遅れて車から出てきた式をみて、鮮花の顔色が見る間に
『不機嫌』という色で塗りつぶされていく。

「なによ、あなたも来てたのね、式」
「なんだよ。俺がいたら都合が悪いのか、お前」
「決まってるじゃない」
「・・・へえ」
だから、何が決まってるんだ。鮮花。

「大体、荷物をくるだけなんだから、あなたが来ても仕方ないでしょう?
 それに、礼園には、部外者は立ち入れないんだから。あなたが来ても無駄よ、式」
「じゃあ、幹也も入れないな。帰ろうぜ」
「幹也は私の身内です! だから、部外者じゃないの」
「なんだ、じゃあ、俺も部外者じゃないよ」
「・・・どう言う意味よ、それ」
「決まってるだろ?」
「・・・へえ」

そういって、二人の女の子はなんとも言えない空気をまとって沈黙した。
・・・なんだろう。あえて形容するなら、空気が帯電しているとでもいえばいいのか・・・

ああ、そうだ「一触即発」というとぴったりかも。いや、そんなことを考えている場合ではないんだ。

「あの、二人とも?」

「なんですか、兄さん。式の味方するんですか」
「なんだ、幹也。おまえ、鮮花に付くのか」
「・・・なんでそういう話になるんだ、君たちは」

「とにかく、鮮花。礼園って親族でも入れないだろ? 大丈夫なのか?」
「ご心配なく。荷物はそこに持ってきていますから」
「あのな、じゃあ、礼園に入る必要、ないじゃないか」
僕の指摘に、妹は、『ええ、そうなりますね、今回は』なんて、しれっと答えてくれた。

「とにかく、怪我がたいしたことなさそうでよかったよ。
 それで、その箱は?」
というか、かぼちゃは?

「こちらです」
鮮花の指先が、裏門の影に隠れるように置かれていたダンボールの箱を指差した。
かなり、大きめな箱。たしかに、残りのかぼちゃが全て入っているのならばこのくらいの大きさか。

「ところで、鮮花。全部で何個あった?」
「そんなにかぼちゃの数が重要なんですか? 橙子さんにも聞かれましたけど」
「今回に限っては、ね」
「全部で19個・・・だと、思います」

19個か。

両儀家で、11体(?)を捕獲(?)したから、勘定的には会う。
なにしろ、一個で、僕の給料3ヶ月分なのだ。

こんなことで、別の用途で使うべき資金を失うわけにはいかない。

「一応、確認しておいてください。合っているとは思いますけど」
「ああ、そうする。ありがとう、鮮花。迷惑をかけたね」
本気で心から感謝して、僕は中を確認すべく、ダンボールの脇に屈みこんだ。

背後で、式と鮮花の会話が聞こえる。

「なあ、鮮花」
「なに?」
「なんで、だと思う、なんだ? かぼちゃの数くらいはっきりと数えられるだろ」

「だって、粉々になっている奴がほとんどだから」

―――――へ?

鮮花の言葉のその意味を、僕の脳が理解することを躊躇する。

「・・・殺したのか、お前」
「殺したって、嫌な言い方は止めてよ。だって、あんなものが学園を跳ね回っていたらそれこそ大事よ。
 私みたいに、いきなり襲われる娘がいたら危ないでしょ?」

・・・式と鮮花の会話が、妙に遠くに聞こえた。

震える指先で僕は、ゆっくり、とダンボールの蓋を開け――――その中に敷き詰められた
かつてはかぼちゃだったものの残骸を発見した。

焼けたかぼちゃの匂いが、鮮花がかぼちゃを『捕獲した』方法を如実に物語る。

「・・・あの、兄さん? どうかしましたか?」
「・・・そっとしとけ、鮮花」
「なんで? 一体、どう言うこと――――」

さらに、遠くなる会話。

19個×50。


――――950万、円。

「に、兄さん? どうしました」
「何かしたのは、お前みたいだぞ、鮮花」

―――――ほんとに、終わった―――――。

「わ、私が何をしたっていうのよ!」
「何かしたから、幹也が、ああなってるみたいだぞ?」

遠くに、遠くに。


「兄さん? 兄さん――――?!」
「おい、幹也。とりあえず、終わったのか――――?」

式と鮮花の声を聴きながら。


もはや何か月分になるか分からない給料と等価値のかぼちゃの欠片を
ただただ、見つめることしか、できなかった。


5.ハロウィンの夜に。


「でも、吃驚しました」
かぼちゃのパイを摘みながら、鮮花が橙子さんに向かって肩をすくめた。

「本当に、石像みたいに動かないんですもん。兄さん」
「鮮花、本気で数ヶ月、かぼちゃで暮らす、割れたと思えば、お前だって硬直するだろ?」
「それは確かにそうですけれど」
「その割には、平気な顔してるよな、鮮花」
「だって、あれは不可抗力でかつ、正当防衛だもの」

まさしくその通りだけど、そこまで割り切れるのは我が妹ながら見事としか言いようがない。
でも、さすがに粉砕したものの総額が一千万に達するとしったら、さすがに吃驚するだろうなあ。

「ま、残っていた分が良い値段ではけたのは、不幸中の幸いだったな」
そういって、橙子さんは満足げに、煙草を燻らす。

結局、橙子さんの作ったランタンは全部、売却できたらしい。
誰に売ったのか知らないけれど、とにかく、多少の収益は確保できた。

トータルで100万円の利益。
つまりは、全部残っていたら、この事務所としては莫大な利益がでたことになる。

その僕の考えを見越したように、橙子さんが例によって人の悪い笑みを湛える。
「そうでもないぞ、黒桐。鮮花が半分を破壊しなくても売れ残った可能性は高いんだ。
 ほら、ここにも一個、売れ残りがあるしな」
「こんな君の悪い仮面が、そんな高値で売れるもんか」

橙子さんの言葉に、式の醒めたツッコミが重なった。

そう、事務所の机の一つには、橙子さんがお化けかぼちゃを刻んで作ったランタン。
つまりは、『ジャック・オー・ランタン』が一つ、ぼつん、と置かれていた。

「これ、売れ残りですか」
「そう、一個だけ余った。ま、残した、と言った方が正確かな」
「こんなの残して、どうするんだ。トウコ」
本気で疑問だ、という式に、橙子さんが我が意を得た、とばかりに笑った。

「こんなの、と君は言うがね、式。
 なんで、『こんなの』がこんなに高いのか、その理由を見せてやろう。
 鮮花、電気を消してくれ」
「はい」
師匠の言葉に、鮮花は素直に頷いて、壁に駆け寄って電気を消した。

瞬く間に、事務所が濃い闇に包まれる。
まだ闇になれていない僕の目は、直ぐ横にいるはずの式の顔さえ見ることが出来なかった。

「よし、見てろ」
そういって、橙子さんはランタンに炎を灯したらしい。
闇の中、橙色の仮面が浮かび上がった。

多分、悪魔をかたちどったその顔は、何故か奇妙に愛嬌のある微笑に見えた。

「ーーー浮いた」
「・・・綺麗」
「こんな手品がみせたかったのか、トウコ」
「そう焦るな・・・ほら、出てきたぞ」

宙に浮く、奇矯な悪魔の仮面はやがてゆっくりと。

微かに光るもやのようなものを吐き出していった。

ほのか白く、ほのかに赤く。

光の中、そのもやの中に、とても、淡い情景が、見えた―――気がした。

それは、式と居る風景。
それは、子供の頃の情景。

それは―――式と共にみた光景。

浮かび上がるのは、そのどれかかもしれないし、そのどれでもないのかも知れない。


明かりの中、浮かび上がる式の横顔も、鮮花の表情も
呆然としていて、光芒の中に視線を吸い込ませていた。

「・・・何、これ」
「ジャック・オー・ランタン。説話によれば、悪魔からの贈り物だ」

橙子さんの声が、やけに淡々と、でも、やけに優しく耳に響いた。

「天国にもいけず、地獄にもいけない魂が、この世を歩いていけるように渡された灯り。
 その灯りだけを頼りに、彼は世界をさまよい続けた」

「地獄の炎から腑分された灯りは、決して消えることはなかったけれど
 その器であるランタンは次々に腐り、壊れていった。
 まあ、当然だな。最初はカブで作ってあったんだから」

「時は移り、やがて彼は時代と共に、アメリカへ渡る。
 吃驚したそうだよ。なんでも、カブじゃなくてカボチャで作られたランタンを見たのは
 彼自身、初めてだったらしいん」

「彼も、ひどくカボチャを気に入ったようでね。
 育ててみたい、とも思ったらしい。でも、その願いは、叶わない。
 当たり前だ。彼はただ、暗がりのなかを彷徨うだけのモノになり果てていた。
 できることといえば、僅かな想いの残滓を拾い集めることくらいなんだから」

「それでも、彼はカボチャを手に、大陸を歩き続けたらしい。
 少しずつ、少しずつ。
 自らの想いの残滓を拾い集めて、手にした橙色の仮面に注ぎ込みながら」

「10年、20年では効かなかったらしい。でも、一世紀を経ようとした頃、
 ついに彼の想いの残滓は、器から溢れて、カタチをなした。
 両手に抱え続けた命の残骸は、やがて歪な命として変じたのさ。
 彷徨い続ける亡霊が、共に連れて育て、増やすことのできる、カボチャ。
 これが、件のお化けカボチャの成り立ちになる」

「実際、それがどんな形で命の複製を行うのか、知られてはいない。
 もちろん、ジャック氏、ご当人もね。知っているのは私と、まあ、コルネリウスくらいのものかな。
 ま、それが縁でこうして、増えすぎたおばけカボチャを売ってもらえるようになったんがね」

「ジャック氏の育てたランタン。
 これで、ジャック・オー・ランタンを作り、灯りをともすとちょっとした怪異ができあがる。
 ま、作りようによって結果は変わるんだが、基本となる現象は同じだな。
 つまりは、見るものがこぼした想いの欠片を、再生する「」

「―――それが、これ、ですか」

「ま、売れ残りだけあって、多少は効果が薄めだけどね。
 いや、逆が。効果を押さえたから、売れなかったんだ」

なんで、と言いかけて僕は、やめた。

僕らがこぼした記憶の残滓。
それを明確に見せつけられて喜ぶ人間は、この中にいない。

かすかに、香るように。
暖かい気持ちの残滓がまだ、感じられる。

多分、僕らにはその程度がちょうど、いいと思う。


無意識のうちに、式の手を握っていた手に、少し、力を込める。


「―――どうだ。なかなかのものだっただろ?」
「ええ―――」
自慢そうな橙子さんの言葉に、素直に頷こうとしていた鮮花。
その視線が、繋がれた僕と式の手に突き刺さって止まる。

「ちょっと、式! なにしてるのよ!」
その声に、式と橙子さんの表情に、呆れの色が同時に浮かぶ。

「お前らには情緒と言うモノが、ないのかね」
「情緒がないのは鮮花だけだろ。一緒にするな」
「悪かったわね。あいにくと、わたしは目の前でいちゃつかれて寛大で入れられるほど
 枯れてはいないのよ」
「へえ、じゃあ、枯れてるって、トウコのことか」

「なんで、そうなるんだ」
「目の前でも平気だったぞ、トウコは」
「なるほど、じゃあ、さっきのはいちゃついていた、と認めるわけだね。式」
「―――な」

「随分と、積極的になったもんだね。この分だと二人きりの時に何をしているか
 わかったもんじゃないな」
「おいーーートウコ、俺は、いちゃついてなんかーーー」

「・・・違うのか? それじゃ黒桐がかわいそうだぞ」
「え・・・」

式は凄く、困った目で、僕を見る。

うう、そう言う目をされるとーーーー。

「そうだぞ、式。ちゃんと認めてくれないと、寂しいな」
「ーーーーー」

「兄さん! 式をからかうんじゃありません!」
「お、なんだ、鮮花。珍しく、式の味方か」
「なんで、そうなるんですか!!」

何故か、真っ赤になって怒鳴る鮮花に、僕と式は目を見合わせて。

笑った。

「ーーーーこら、そこ! なんで笑ってるのよ!!」
鮮花の怒る声と。

「やれやれ、せっかくの演出が、台無しだ」
橙子さんが皮肉に笑う声も。

「偉そうだぞ、トウコ。だいたい、そのかぼちゃのせいだろ。今回の騒動は」
式が冷たく、呟いて、こっそり僕に笑うのも。


なんだ、かんだで、いつもの通りか。


10月最後の夜。

いつものように騒々しく、更けて行く夜。


そんな、ハロウィンの夜に。


灯りのきえた、奇妙なカボチャの、呆れたような、からかうような笑いを浮かべて
ただ、僕らを見守っていた。

(了)
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須啓です。

うう、本気でぎりぎりです。あいかわらす、テーマにストレートすぎるSSでなんだかなあ、です。
しかも、最後は明らかに手抜きなのです。

でもひさしぶりに、日常系のSSを書いたので、本人は楽しかったのですが。

さあ、これにて、魔術師の宴もおしまいです。

SSや宴のご感想など、メールやBBSで下さると幸いです。

2002年10月31日。 須啓。 ハロウィンの夜に。


 


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