星空の下で

 作:しにを


 
「ハロウィンと言えば、何を思い浮かべるかね?」

 特に何をするでもなくお茶にしながら雑談をしていると、何やら書類を眺め
ていた橙子さんが顔を上げて、僕らに話し掛けた。

「ハロウィンですか?」

 唐突な話題に顔を見合わせ、とりあえず怪訝そうに鮮花が問い返す。

「ああ、そうだ。明日で10月も終わりだろう?」

 言われてカレンダーを眺める。
 確か10月31日がハロウィンだったな、それ位の雑学知識はあるけど。
 でも橙子さんが何を考えているのかは、まったくわからない。
 あまり行事とかに関心を持つタイプには思えないし。

「式はどうだ?」

 とりあえず一番近い場所にいた式に、橙子さんは声を掛けた。
 式はあまり関心なさそうに、それでもちょっと首を捻って、口を開いた。

「良くは知らない。子供が仮装して歩くのは、テレビか何かで観た事があるよ
うな気がするけど……」

 そう自信無さそうに答えつつ、こちらを式はちらりと見た。
 ふむ、と式に見切りをつけたのか橙子さんも僕の方を向いた。
 順番から言えば鮮花なのにと、ちょっと授業で予想外の一つとばしで当てら
れた時のような感覚。

「黒桐はどうだ?」
「そうですね……」

 まあ、それなりに回答の準備はしていたけど。

「式が言ったように、子供がお化けの格好とかして『Trick or Treat!』っ
て叫んで家々を回って歩いてお菓子を貰ったりするのを連想しますね。
 あと、もともとはキリスト教関係の行事で、えーと……」

 そこで回答終了。
 嘆かわしいという顔の橙子さんの視線に、顔を下に向けた。
 なんだか本当に授業で指されたのに答えられなかった気分。
 橙子さんの目付きが妙に教師っぽく見える。

「やれやれ。残るは鮮花か」
「はい」

 お、自信に溢れた顔つき。
 さすが、鮮花。
 でも、得意満面の顔で、憮然としている式を見るのはやめなさい。

「いい返事だな。で?」
「諸聖人を称える『万聖節』が11月1日で、その『万聖節前夜』がハロウ
ィンですね。
 英語で言えば『All Saints’Day』に対して『Hallowmas』という言葉があ
てられて、その前日は『Halloween』になる……、でいいのかしら。
 古い英語で『hallo』は『holy』、『ween』は『eve』の意です」

 ふうん。
 我が妹ながら感心させられた。
 橙子さんも、なかなかに博識だなと鮮花を誉めている。
 出来の良い生徒を見る女教師。

 ちょっと整理するように視線を上にさ迷わせて、鮮花はまた淀みなく説明
を再開した。
 何となく、橙子さんを思わせる話し振り。
 師に似るものなのかな、魔術師ってそういうものなのか。
 
 僕がそんな馬鹿なことを頭の片隅で考えているのに構わず、ハロウィン口
頭説明は進んでいた。

 曰く、『万聖節』は殉教者と布教に献身した聖者を祭る日。
 曰く、古代ケルト人の新年で云々。
 曰く、精霊の力が強くなる日。
 曰く、地上に聖霊が戻る日。
 曰く、悪霊も一緒に現れて人々を惑わして云々。
 曰く、前夜には仮葬やまじないを行う風習が云々。
 曰く、子供が家々を回るのも、それに由来。

 細かい部分までは把握しきれないほど鮮花の話は長かったが、個々の説明
の繋がりが上手く、表現も平易でわかり易かった。
 即興でこれほどなのだから、なるほど学校で成績優秀なのが頷ける。

「お見事」

 橙子さんも満足げに言うと、新たな煙草に火をつけた。

「それから?」
「え?」

 鮮花が困った顔をした。

「それで終わりですけど……」
「なに?」

 橙子さんが驚いた顔をする。

「肝心な部分がない」
「え、肝心な部分って……」

 ダメだよ、鮮花。こっち見ても何も出てこない。

「……」

 橙子さんは無言で紫煙を立ち昇らせた。
 僅かに顰め面。
 そしてやれやれと首を振り、おもむろに口を開いた。

「教えてやろう、ハロウィンの夜にはだな……」

                 ◇

「こんな処で何をしているんだろうな、オレ達」
「そうだね」
「あら、式は嫌なら帰ったら。別に誰もいてくれと頼んではいないわよ」

 まあまあ、と宥めて軽く溜息をついた。
 式の呟きももっともだった。
 僕達は何をしているのだろう。
 秋口とはいえ、夜ともなるとかなり冷え込む。
 それを外でかれこれ2時間ほどは過ごしているのだ。
 風が無いのがありがたい。

「しかし、付き合いがいいな、オレ達も」
「そうだね」
「だって橙子さんに、ああ言われたら無碍に断れないわ」
「確かにな」

 鮮花の言葉に式は頷いた。
 本当だ。
 あの橙子さんの言葉には逆らえなかった。

 今、僕達はおよそ尋常でない場所で、正気を疑うようなモノを待っている。
 橙子さんに言われた通りに。
 あの時、橙子さんは―――

  
「カボチャ大王だ」

 はっきりとした声で発せられた、聴きなれぬ言葉。

「カボチャ大王……、ですか?」

 当惑した鮮花の声。
 声には出さぬものの、僕も訳がわからない点では同じ。
 式は、あれ、式は何か思い出したみたいな顔をしている。
 安全毛布って呟き?
 なんだろう……。
 
 とりあえず打って響くような反応は無しと見ると、橙子さんは仕方ないな
と言う顔で、でも何処か嬉しそうに説明を始めた。
 
「ハロウィンの夜にカボチャ畑に現れるんだ。
 そしてだな……」

 そしてとうとうと語られた。
 なんでも、ハロウィンの夜には、そのカボチャ大王なるモノが現れて、良
い子にプレゼントを配って回るのだそうだ。
 おとぎ話だろうと思うけど、橙子さんの話振りは、まるで見た事があるよ
うな迫真の表現。
 さっきの鮮花の話だと、古代からケルト人が精霊で云々とかあったから、
もしかすると魔術師の世界では……?

 でも、なんだか聞いている内に嫌な予感がして来たのは何故なんだろう。
 体がむずむずすると言うか、さっさと此処を離れた方が良さそうな感じ。
 そして、それは僕だけでなく式と鮮花も同じく感じているらしい。
 ただ、きっかけが掴めぬうちに、橙子さんの話はクライマックスを迎えた。

「……と言う訳で、明日の夜は皆で、カボチャ大王の降臨を出迎えよう」

 異様な光る目で僕達を見つめると言うより、睨むようにして橙子さんは口
を閉じた。
 文句があるなら言うが良い、そう雄弁に語っている。

「正気か、トウコ?」
「むろん」
「なんで、僕ら……」
「まさか物騒な夜空に、か弱い妙齢の女性一人にするような真似はすまいな、
黒桐? まして雇用主である女を」
「お付き合いします」

 あ、同意してしまった。
 満足げに橙子さんは頷くと、どうするという挑戦的な目で残る二人の方を
見た。
 こんなのに付き合う真似はしないだろうと思ったのだけど……。
 二人も首を縦に振った。


―――と言う訳で、不審な四人組がカボチャ畑に佇む事になったのだった。

 さすがに、突っ立っているのも悲しいので、いろいろと用意をして。
 海水浴に出かけた時に使ったっけと、さして月日は経っていないのに懐か
しさを感じるビニールマットを空いた場所に敷いて座り込んでいる。
 ピクニックというには時間も場所も珍妙だけど。
 
「寒くないの、式は?」

 持ってきた毛布に包まるようにしている僕と鮮花に対して、式は着物にジ
ャンパーを羽織っているだけで平然としている。
 
「いや、これくらいなら平気だ」
「なら、いいけど」

 まあ、寒そうではないけど。
 見ている方が少し寒いよ、式。

「それにしても橙子さん、何処まで行ったのかしら」
「そうだね」

 そもそもの提案者にして、ここまで僕らを連れてきた橙子さんの姿がさっ
きから見えない。
 場所がどうの、方位がどうのとかなりうるさく畑の中を連れまわして、こ
こを決めて、しばらくまたいろいろと説明をしていたけど、それから……?

「まあ、わからないでもないな」
「あら、式、何か知っているの?」

 ぽつりとこぼすような式の言葉。
 それに対し、意外そうに鮮花が訊ねた。

「うん? ああ、カボチャ大王は最も誠実な畑にいる子供の処にやって来る
んだぞ、トウコがいたら来るものも来なくなるから、姿を消したんじゃない
のか?」
「なによ、それ」

 式がちょっと意地の悪い事を言い、鮮花も少し愉快そうに笑みを浮かべて
いる。
 まあ、仲が悪いよりもいいかな。

「兄さん、紅茶ですけどいかがですか?」
「うん、貰う」
「式は?」
「ああ、貰う、ありがとう」
「どういたしまして」

 鮮花が準備良く用意していた魔法瓶から紙コップに紅茶を注いで、僕と式
とに差し出した。
 湯気ごと温かい液体を啜りこむ。
 少し冷えた体には心地よい。

「美味しいよ、鮮花」
「うん」
「そうですか?」

 なんとはなく和やかな雰囲気。
 ここは本当に日本の何処かなんだろうかと首を捻りたくなるような、広大
なカボチャ畑の真中で、夜空を見上げている。
 少しばかり現実感が薄く、まるで夢でも見ているみたいだった。
 そして何とも平和な感じ。

「星が綺麗……」

 言葉にするのを畏れるような小さな声で鮮花が呟く。
 そう言えば昔、まだ鮮花も僕も小さかった頃に、こうして星空を見上げた
事があったな。
 二人で一緒に。
 あれはいつだったろう。
 そしてなんで夜空を見上げていたのだったろうか。

 細部はすっかり忘れてしまったのに、あの時の星空と鮮花の姿だけは心の
奥に残っている。

 鮮花は忘れてしまったかな、そんな何の変哲もない昔の事は?
 訊いてみたい気はしたけれど、もしも僕だけの記憶だとしたら寂しい。
 それに言語化すると、そのささやかな想い出が喪われてしまうように思え
て、ただ鮮花の横顔を見つめ、そして鮮花と同じように星空を見上げた。
 綺麗な漆黒の闇に輝く星の瞬きを。

「もうそろそろ日が変わるな」

 どれくらいそうしてでいたのだろうか。
 突然の式の声に、かりそめの夢から醒めて現実に立ち戻る。

「うん、あと数分か……」

 誰一人口を開く者はなく、黙ったまま時の刻みのままに過ごした。
 時計の秒針が最後の一周を駆ける。
 あと50秒……、30秒……、10秒……。

「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「0」

 最後の声は鮮花と式、そして僕と三人重なった。
 
 何も起こらない。
 さっきまでと同じように、カボチャ畑は静かで平和なまま。

「やっぱり現れなかったね」
「妙だな、別に期待していた訳でもないのに」
「そうね、何故かがっかりしちゃうわね……」

 確かに、妙に残念な気分になっている。
 不思議だな。
 ありえないと思いつつもどこか望んでいたのだろうか?

「でも、なんだか楽しかった」
「ああ、そうだな」

 そう……、だな。
 こんなに何もしないで夜空の下にいるのも、決してつまらなくはなかった。
 むしろ楽しかったと、
 
「いい雰囲気じゃないか?」
「わあっ!?」
「橙子さん」
「いきなり現れるな、トウコ」

 唐突に橙子さんが現れた。
 こんな見通しの良い処で、忽然と姿を現すのは、何かの魔術なんだろうな。
 それとも、カボチャの蔦の中を匍匐前進でもしてきたのだろうか。
 びっくりしたからだろうか、馬鹿な事を考えている。

「11月1日。万聖節よ、おめでとう、か」

 橙子さんが皮肉めいた口調で呟いた。
 なんだか、目に見えてがっかりとしている。
 本当に信じていたのだろうか?

「残念でしたね、橙子さん」
「ああ……」

 本当に残念そうな口調。
 やっぱり期待が大きかったのだろう。

「何処にいたんです、今まで」
「ああ、私は一応この近くにはいない方が良いかと思ってな。
 この手のは、純真な子供のもとに現れると相場が決まっているものだ」

 さっきの式の言葉、まんざら外れでもなかったのか。
 でも引っ掛かるのは、「子供」なんだろうか、「純真な子供」だろうか?

「でも、トウコがカボチャ大王の逸話なんて信じているとは意外だったよ」
「ふん。まあ、溺れる者は藁をも掴むの心境でな」

 橙子さんはコートから煙草を取り出しつつ答えた。

「藁ですか?」
「ああ。手っ取り早く金が欲しかったのだがな」
「お金?」
「あまりに生臭いですね、それは。せっかく橙子さんにもメルヘンチックな
処があるなと感心していたのに」
「ロマンだけでは腹は膨れないものだよ。カボチャ大王を捕獲するか、その
断片でも手に入れたら、どれだけの……、惜しかったな」

 うわあ。
 プレゼントが欲しかったとかなら、まだしも……。
 鮮花もちょっと呆れ顔をしている。

「そんな奴の待つ処へ来るものか」
「だいたい、何でお金がいるんです?」
「黒桐の給料だよ」

 え?
 ちょっと待ってください、橙子さん。
 
「橙子さん、二三日したら工面できるからはちょっと待ってくれって言って
たのは……。
 もしかしてこれをあてにしていて、……と言う事はこれで計画倒れで給料
を払わないつもりですか?」
「ふっ、見くびられたものだな。
 一つの選択を取っても、それに固執せず次の手立ても用意しておく、当然
の思考法だよ。次のあてはある、安心しろ」
 
 重々しい説得力のある物言い。
 ……。
 まあ、少し真面目に仕事してくれさえすれば。
 いつもそれで裏切られたりもするけど……。
 ちょっと溜息が洩れる。
 
 僕が納得したと見て、橙子さんは満足そうに煙草を咥えた。
 と、黙って僕らのやり取りを見ていた式がぽつりと呟いた。

「トウコ、次ってまさか赤鼻のトナカイをなんとかしようって訳じゃないだ
ろうな?」

 なんでびっくりした顔して煙草を取り落とすんです、橙子さん。
 ……。
 赤鼻のトナカイ?
 サンタクロース、クリスマス?
 それって、まさか?

「橙子さん、クリスマスまで給料の支払いをしないつもりじゃ……」
「さてと、こんな処でぼやぼやしていても仕方あるまい。
 帰ろうか。先に車に戻るから、片付けたら来てくれ」

 橙子さんは目をまったく合わそうとしなかった。
 そしてコートの裾を翻すと、そそくさと歩き始めた。
 まるで逃げるかのように。

「まったく、トウコとはいちばん付き合い長い癖に、すぐ言い包められるん
だからな、幹也は」 
「それ、さすがに弁護できないわね」

 やれやれと言った口調の式と鮮花の声が、耳に触れたような気がした。

 そんな二人には注意を払わず。
 12月末までどれくらいあると思っているんですか、橙子さん。
 さっき言う隙を見出せず浮いていた言葉を口の中で呟きながら。
 僕はただ呆然と立ち尽くしていた。


  《了》


 
――あとがき

 ええと、『ピーナツ』(断じてスヌーピーではなくて)が好きなものでし
て、ハロウィンと言えば、ライナスとカボチャ大王をすかさず連想です。
 で、こんなお話。
  
 SSで鮮花を初めて書いてみましたが、妙に初めてのような気がしません
でした。何故だろう。秋葉とは別ものって認識はあるのですけど……。

 へにゃりとしたお話ですが、お読みいただけたなら嬉しいです。

  by しにを(2002/10/27)



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