嫌い。
 そう、嫌いだ。
 彼女は私には無いモノを持っている。
 勿論、彼女より私が優れている、という点はある。
 反面、彼女が私より優れている、という点もある。
 それは嫉妬であり、
 それは羨望であり。
 ――そう、不公平。
 言い表すならばこれが一番しっくりくる。
 
 ――つまり。
 私は妹/姉が嫌いだ。

 ユメガタリ


      /1
 問題は無い。全ては上手くいっている。
 この日の為に、全てを進めてきたのだ。失敗は許されない。
 次は無い。機会はただこの一度のみ。
 これを逃せば、「自分」という器は消え去る。それで終わりにする訳にはいかなかった。

 平坦な世界を行く。
 目的は近い。では、目的とは何か?
 ――そんなものは、私の大事なものに決まっていた。
 
 「…何でオマエがここにいるんだ、ええ? 青子」
 「そんなの私に言われてもね。私はてっきり姉貴が何かしたのかと思ってたわ」
 「何を好き好んで、こんな場所でオマエと会わなければいけないんだ」
 …ああ、いがみ合う声が聞こえる。私はこっそりと忍び笑いを漏らした。年甲斐も無く、悪戯を好む気質が鎌首をもたげている。
 目をそらすこともなく、真っ向から喧嘩を始めようとする彼女らに、私は笑みを隠そうともせずに声をかけた。
 「相変わらずな連中だな…」
 ハッと息を飲んで、弾かれたように彼女らが同時に振り向く。…ふむ、こういう時の呼吸は合っているのだな。
 流石は姉妹か。
 「…何でアンタがここにいるんだ……?」
 「…何で貴方がここに?」
 珍しく慌てた様子で問われる。相手にすれば予想外なのはこちらも承知の上だが、見ていてこれ程愉快なものもない。
 「先程から、何故、何故か。問うてばかりだな。自分で考えるという基本的なことすら忘れたか?」
 小さな舌打ち。
 「…その忌々しい口調といい、妙に現実味の無い世界をいい…本物か」
 「世界を構築して、そこに無理矢理私たちの意識を運ぶ。そして、自分をそこに介入させればこの場の出来あがり、か…」
 思いついたことをそのままに垂れ流す行為は、愚鈍と言って差し支えない。出来の悪い生徒たちだが…、
 「その通りだ。やれば出来るじゃないか」
 「ふん、それはこっちの科白だ。これ程の力を持っていて、何故私にむざむざ殺されたんだ?
  なあ、爺さん―――」
 
 現実から遊離した世界に、その言葉は酷くよく溶けた。


      /2 
 「説明してもらえるかしら? どうして私たちをこうして呼び出したの?」
 「せっかちだな…。そんなことくらい、今日が何の日か考えれば解るだろう…」
 今日は10月31日だ。月日というものに疎い私が指折り数えたのだ、間違いがあろうはずもない。
 「今日がどうしたって?」
 「それでも魔術師か、オマエは。今日はハロウィンであろう」
 私の答えに、橙子が思い出したように、あ、と呟く。
 ――ハロウィン。死の神サムハインをたたえ,新しい年と冬を迎える祭りで,この日の夜には死者の魂が家に帰ると信じられる。
 今日がまさしくその日だ。
 「死者たる私が家に帰るとするならば、そこに家族がいなくてはな」
 「ハッ、家族も何も、魔術以外に目を向けなかったアンタが家族を恋しがる訳もあるまい。悪い冗談だ」
 生意気な小娘だ…が、あながち外れてもいない。私のことを解っているという自負が、態度の端々に見え隠れしていた。
 だが、私はそれに取り合わない。
 「年を取ると人肌が恋しくなってな。寂しくなるのだよ」
 発言に、橙子は腕を抱えて嫌そうな顔をする。青子に至っては思いきり顔を顰めていた。
 「死んでユーモアを身につけたのかしら? でもそれは生きている時に必要だった資質ね」
 「いつから始めても、人間に遅いということはないらしいぞ?」
 「なら、死者は人間と同じなのかしら? 貴方はそれを素直に肯定できる魔術師だった?」
 殺した者と殺さなかった者の違いか、青子の方が幾分余裕がある。この状況で冷静さを保てるのは彼女ならではか。
 しかし、彼女の問いは、正直私にとってはどうでもいい問題だ。
 「死者であろうと人間であろうとどちらでも構わん。ただ、私が私であればいい」
 全てはそれに尽きる。
 最初、彼女らは唖然とした顔を見せていたが、次第に理解の色を広げていった。
 そう、それでいい。魔術師とはそういうものなのだ。
 群れとして存在することはあれど、それは個の集まりでしかない。お互いに遊離した個の群れ、それが魔術師だ。
 それは魔法使いである青子とて同じこと。
 「…どうやら、アンタも相変わらずのようだな」
 「この年になってそうそう変われるものでもあるまいよ」
 「…人間いつになっても、始めるのに遅いということはないらしいが?」
 「そうらしいわね」
 「誰の科白だろうな」
 速やかに前言を翻す。ああ、愉快だ。この豪胆な孫たちを、私がここまで揺さぶれるとは思わなんだ。
 「何がおかしいのよ」
 「いやいや、こちらの話だ」
 いかんな、笑いが止まらん。対照的に不愉快になっていく彼女らの顔が、どうしようもなく嗜虐心をそそるじゃないか。
 不機嫌な顔で、橙子が尋ねる。
 「で、何が目的なんだ。アンタのことだ、性質の悪い冗談を言いにわざわざ世迷った訳ではないだろう」
 「無論、そうではないな。いや何、ちと言いたいことがあったんでな」
 …さて。
 密かに先送り先送りにしていたが、どうやらもう本題か。
 ――腹を、据えるか。
 「まあ、遺産相続のことを説明しに来た。どうも誤解があるようなんでな」
 「遺産だと?」
 不快感と怒りをその両眼に湛えて、橙子は鸚鵡返しに呟いた。その反応ももっとも。
 何故なら、その原因は私にあるのだから。
 「見る目の無かったアンタが青子に全てを委ねる形になった、ただそれだけのことだろう。今更何の釈明だ?」
 「あら、見る目が無かったとは限らないじゃない? 姉貴に渡すよりは余程有意義な道だったと思うけど」
 「黙れ、青子。私はまだアレを諦めたわけじゃ――」
 「貴様らが、黙れ」
 例の如く始まった姉妹喧嘩に、私は静かだが有無を言わせぬ横槍を入れた。
 話が進まないであろうに。
 「あれはあれで私としては平等だったのだよ。オマエら姉妹にとってはな」
 「あれのどこが――!」
 激昂する橙子に構わず先を続ける。
 「蒼崎の家系という観点から鑑みるに、橙子は血を色濃く受け継いでいるが、青子はそれほどでもない――と言うよりは、
 血に連なるものとしては特化しすぎている。それは蒼崎というより、青子そのものの存在に依存する力だ。
 故に、魔術という面で見た蒼崎 青子は驚くほど存在意義が弱い。
 反面、橙子は周知のように魔術師としてはまあ上位に存在するであろう」
 一息。

 「先祖は子孫に残し、繋げる存在だ。橙子は物質的なものを継がずとも、既に充分に「蒼崎」を受け継いでいたのだよ。
 だが、青子の方はそうはいかなかった。そして、血の力というものを残し、繋げないのならば、
 せめて別の形を用意しておかなければならない」
 「――それが、あの結果、という訳か」
 ああ、と頷く。目に見えて青子が態度を変えた。
 「私は魔術師としては落ちこぼれだから、遺産を受け継いだ、ということ?」
 「その通りだ」
 「――だが解せないな、そんな方法を取れば、自分が殺されるということくらい見抜けないアンタじゃないだろう?」
 それは勿論だ。橙子の気質など知った上であの方法に踏み切ったのだから、自分の命くらい考慮に入れていた。
 何故それでもあの方法を強行したかの理由は簡単だ。
 「限界を感じていたのでな。殺されようと殺されまいと、もうどうでもよかったのだよ」
 「は―――――」
 吐息はどちらのものだったか。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 ――あと、一息だ。
 「それじゃ、何か? 私はアンタの自殺の手伝いをしただけってことか?」
 「お互いが望んだ形だろう、人の所為にするな」
 死ぬだけならばいくらでも方法はあった。だが、この姉妹に対する私なりの考えがあの手段だったので、
 結果が見えていた。ただそれだけだ。
 だが、まだ足りない。あと、一息だ。
 あと、一息。
 「それにしちゃ随分と不公平な配分だったな」
 「姉貴は魔術師として最高位にいるんだから別にいいじゃない」
 「ならばオマエの魔法はなんなんだ。その上遺産まで取られたとあっては、私が一方的に割を食っているだろう」
 ああ、また始まったか。だが、これでいい。
 「それと言うのも、アンタがあんな手段を取ったからだろう。しかも利用されたとあっては、私も流石に切れるぞ?」
 さあ、息を吸え。
 腹をくくれ。
 これからが待ち望んだ結果だ。
 
 「オマエら二人がどう切れようが、この場ではどうも出来んよ。
 傷んだ赤色とあおあおとやらが二人で本気になったからと言って、何がどうだと言うのだ」

 ―――空気が変わる。
 この茶番も、そろそろ終わりだ。


      /3
 黙したまま何も語らず。
 私は孫娘二人分の殺気を正面から受けて、笑みを浮かべている。
 視線は怜悧な刃物のようで、我ながら無謀な試みに走ったものだと痛感する。
 
 青子がスッ、と右腕を上げた。
 「何をするつもりか知らんが、この世界を壊せばこの場の存在が全て消えるぞ? 世界を壊さず、私だけを綺麗に殺す気で来い」
 青子の腕が止まる。
 見た所、余波というものをまるで考えていない気配があったので、言葉で先制する。
 駆け引きというものは、少しでも自分の利点を増やす為に使う。
 だが、会話による駆け引きの場合は話さなければいけない分だけ、攻撃に関する集中力を減らさなければならない。
 だが、成功したならばどうか。
 
 破壊を得意とする魔法使いでさえ、こうして意識の間隙をつけるようになる。

 私は人差し指を立て、クルリと回した。回転に合わせて青子がバランスを失い、転倒する。
 その隙に私の得意とする風の魔術を利用してを跳躍。
 「…くっ、行け!」
 叫びとともに、彼女の足元の影が伸びる。それは人間一人分くらいの大きさをしており、充分な闇を纏っていた。
 「ほう」
 私の世界に現実世界の使い魔を召喚できるとは、大した精神力だ。
 だが。
 「召喚そのものに精神力を使いすぎている。全力には程遠いな」
 背後に回り、使い魔をやりすごす。背中に触れ、風で橙子を数メートル、文字通りに飛ばした。
 ――背後に気配。
 「ああああっ!」
 青子が噛み付くように吠えた。余分の無いただの右ストレートだったが、魔術効果が付与されているらしく、
 当たれば死ぬだけの威力は確認。
 拳に合わせて身を引く。筋張った中指の付け根が、鼻先で止まる。
 「まだ甘い」
 右側頭部を軽くはたいて、再び姿勢を崩してやる。しかし、今度は青子もそう派手に転んではくれない。
 ――まだ解らないか。
 「ただの魔術師だった貴方が、何故体術を扱えるの?」
 …戦闘中に口を開くとは余裕のつもりか。だが、まあいい。こちらもそれが目的だ。
 「私が扱っているのは体術ではない、魔術だ。人は大気に触れねば生きられない。大気とは風であり、
 それは我々蒼崎がもっとも得意とするものだ。私は風を詠んでいるにすぎん」
 そう、蒼とは風だ。まずはそれを知ること。実感し、理解すること。
 そして予想が確かならば、これに気付くのは――
 「成程な。大体解ったよ」
 橙子が体を起こし、冷たい目で笑った。
 そこにある感情は昏く、昏く。どこか愉悦を彷彿と。
 捉えたか。
 ―――蒼崎、橙子。
 
 口元を歪めると、橙子は先程私がやったように指を回した。刹那、私の周囲の風が乱れを生じる。
 流石は赤という最高位。誉れを受けただけあって、理解が早い。
 だが、これもまた予想の範疇。
 「青子!!」
 体勢を立て直すための私の一瞬の隙を見逃さず、青子が間合いを詰める。
 先程よりも早く、精細な一撃が飛んだ。

 ―――ああ、これだ。
 胸骨に、拳がめり込んだ。

 「ようやく…掴んだか」
 疲れた。
 綱渡りのような茶番が、ようやく終わった。
 「…どうだ、これで公平だろう…」
 「何?」
 「これで、遺産としては公平だ、そう、言ったのだ…」
 遺産として、より莫大なものを手にしたのはどちらか。
 その答えは青子である。
 橙子に与えられたのは魔術だったのだから、その差分を私の魔術の一端を理解させることで埋める、
 というのは私なりの道理だった。
 魔術師として優れているのは橙子なのだから、同時に見せても橙子の方が理解が深いであろう、という勝算のもと、
 私は賭けに出たのだった。
 そのために、随分と無茶をしたものだが…。
 「もしかして、アンタはわざわざ、不公平を消すためだけに出てきたのか?」
 冷たさを消した橙子が、訝しげな声を上げた。こういう時に限っていらないことに気が回る女だ。
 「まあ、な…。それに、私が死なない限り、この世界は崩れない。
 ならば、殺さざるを得ない、状況というものを…作る必要があってな…」
 全くもって、馬鹿げた賭けだったが、結局賭けに勝ったのは私だ。ならばそれでいい。
 「死んで、更に命まで賭けて、何故こんなことを? 貴方がそれをしたところで何の意味が…」
 「………ハッ」
 青子の方は、そう鋭くもない、か。姉妹は似すぎていてもつまらんものだからな…。
 これくらいが丁度良いのかもしれん。
 
 「死者は死者らしく、この世から、消えるべきだと私は思う…。
 それに…魔術師は身内には優しい…という言葉を、聞いたことはないのか?」

 呟いて。
 私の意識はそれっきり消えた。


      /4
 目を覚ませば、寝る前と同じ風景がある。
 日の光で、日付が変わったことを実感する。
 「終わった…?」
 ああ、終わったのだろう。
 あの気紛れで悪戯好きな老人が、ハロウィンに現れることはもうない。
 夢は夢に過ぎない。言葉は言葉に過ぎない。
 だが、少なくとも記憶と感覚が残った。
 風の肌触りを、彼の伝えたかったことを覚えている。
 ならば、それはそれでいいのだろう。
 
 彼女との距離は縮まったのか。
 近づいたのか/近づかれたのか
 不満は消えたのか。
 手に入れたのか/手に入れられたのか

 ―――不公平は、消えたのか。

 彼女のことは?
 それに関しては一言。
 私は
 妹/姉
 が嫌い。
 それは変わらない。
 それは仕方が無い。

 「だが…」/「でも…」
 少なくとも。
 あの祖父に感謝してもいいかな、という気分にはなれた。


 後書き
 秋月です。自分なりにがんばった、が…やべえ、やっちまった。
 まずそう思いましたね、ええ。ほぼオリジナルじゃないのか、と。ハロウィン関係あるのか、と。
 でも何となく、遺産相続はこれが理由だったら…とか思ってしまいまして。
 書いている途中、「我輩は蒼崎である、下の名前は無い」とか浮かんだのは内緒です。
 まあ、こう…ハロウィンは帰ってくるらしいんで、それをネタに遊んでみました。
 感想とかいただけると、とても嬉しいです。それでは。

 


 
 
 


ハロウィンTOPへ

魔術師の宴TOPへ