■ Halloween Kitchen ■


それは10月最後の木曜日のこと・・・
私は不機嫌だった。

橙子の工房であり、棲家でもある「伽藍の洞」には、
私のお気に入りのソファがあった。

なんの用もない日でも、とりあえずそのソファに座ったり
寝転がったりして、他愛のない時間を過ごすのが私の愛すべき日常だったのだ。
私の視線が、絶えず黒ずくめの男を追っていたことはいうまでもない。

な・の・に・・・・
なんだ、この不細工な塊は。
直径で1メートルほどもあろうか?
私はかぼちゃというものは知っているが、このサイズはすでに
かぼちゃではない。それが、私のいつもの指定席に鎮座している。

幹也が、立ちすくんでいる私にささやく。
「橙子さんがね、商店街の福引で当てたんだ。
重かったのなんのって、これは絶対に商店街の嫌がらせだね」

・・・だからといって私のお気に入りの席を占領するのはどうかと
思うが・・・それ以前にこの男、化けかぼちゃを担いで帰ったのか?
以前から思っていたが、幹也はときどき人間離れした行動をする。

「福引の景品といえば、温泉の招待券とか、家電製品あたりと相場が
決まっているじゃないか? なんでまた、かぼちゃ なんだ?」

「ハロウィンだからね」幹也も半ばあきらめたような表情で
相槌をうった。

橙子は橙子で、壊れかけている。
「やぁ、式。見事なものだろう?
今年のハロウィンはこれを被って、キャンディーでも集めて回るか?」
間違っても Trick or Treat は勘弁してほしい。
橙子がやったら、まちがいなくTrickのほうになるに違いないから。




結局、私は自分の場所を確保するために、化けかぼちゃを
解体することになった。
「『殺す』なよ、中身が食えなくなるからな」
橙子のやつ、このかぼちゃで何食か浮かす腹積もりらしい。
幹也もこころなしか、期待の眼でこちらを見ている。
そういえば、最近、コンビニおにぎりすら満足に食べれない
生活してるようだからな。

まずは、ヘタの底を丸くくり抜く。
それから、ワタの部分を手づかみでとりだし・・・くそっ、肘まで
埋もれてしまう。

かぼちゃを切るのに一番簡単な方法は、
まず全体を電子レンジで軽く加熱することだが、
このサイズの電子レンジは当然ない。

ワタの部分は大きなサラダボールに山盛り4杯もあった。

続けて、ナイフを使って、内部を賽の目に切っていく。
スプーンで掘っても、埒があかないからだ。
たて横に切れ目を入れ、同心円状にナイフを入れれながら、
豪快に切り進める。
しかし、切っても切ってもおわらない化けかぼちゃ。
途方にくれる。
もう涙がでそうになってきた。

テーブルのうえには、解体?された山盛りのかぼちゃの果肉。
くそ、こうなったら、最後までやってやるっ。

・・・というわけで、なし崩しにキッチンに立っていた。

まずは、基本のところで、
果肉を輪切りにして天婦羅。
カラリとあがったところを素早く上げて、油を切る。
幹也に大根をおろさせて、天つゆでいただくことにする。

続けて、かぼちゃを蒸したものを裏ごしにして、茶碗蒸に。

茶碗と蒸篭は実家から秋隆に持ってこさせた。
・・・というか勝手に持ってきた。他にも食器やら食材やら色々持ち込んでいる。
こういうとき、秋隆は異常に準備がよい。
「こういうこともあろうかと思いまして・・・」
おい、そのセリフはかなりやばいぞ。

通常とは違った、甘味と独特の食感がある茶碗蒸。
だし汁の味は少々濃いめに・・・パンプキンプリンにならないように気をつける。
銀杏とユリネが入っているのは、当然のお約束だ。



ちょうどそこへ鮮花がやってきた。
一番大変な解体が終わった頃に姿を現すあたり、要領いいじゃないか。
「たまたま」持っていたエプロンと三角巾を身に付け、
鮮花が隣にたつ。

「負けないんだから」

え?




和食で式に対抗するほど馬鹿ではない。

この日のメニューは「こういうこともあろうかと」
日々精進を重ねてきたものだった。
『いや、そのセリフはやばいって・・・』
妙な声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。

かぼちゃの果肉を丁寧に裏ごしして、
ミルクと生クリームを合わせた、かぼちゃの冷スープ。
カロリー高そうだけど、この際気にはしていられない。

2作目は、かぼちゃの輪切りを蒸して、
冷やしたものをベースにした、かぼちゃサラダ。
ドレッシングの香り付けのバジルがポイントだ。

立て続けに、かぼちゃのコロッケ。
口のなかに広がるほのかな甘みが優しい。

かぼちゃ以外の食材や調理器具、食器は、式の世話役という
秋隆さんが用意してくれていた。
「ささ、どうぞどうぞ」

敵に塩を送られたみたいだけど、
この際、利用できるものは何でも利用してやるもんね。




「30分前」
銅鑼の音と妙にハイな声が響いた。


なんだこれは?
しかし、鮮花の両手は、それこそ魔法のように
かぼちゃ料理を産み出していく。下手な魔術よりよっぽど
様になっている。カチッ 突然、闘争本能に火がついた。

少々自分の信義にもとるかも知れないが、この際、数でも勝負だ。

かぼちゃの刺身っ
 かぼちゃの生湯葉っっ
   かぼちゃの田楽っっっ???


式、やるわね。
でも、負けないっっ!!

かぼちゃのムニエル!  
スパゲティ・かぼちゃソース!!   

麻婆南瓜!!!           
(いや、最後のは中華だと思うが、どんな味なんだ??)


    かぼちゃの膾(なます)っっ
パンプキンお好み焼きっ★     
かぼちゃのきんぴら♪
かぼちゃのバルサミコ風(??)  
かぼちゃの活き造り!!??
かぼちゃのフカヒレスープーーーーー!!
(いや、だから、中華だって^^;) 



双方一歩も退かなかった。
ぜぇぜぇぜぇ・・・ 珍しい、式が息を切らしている。
はぁはぁはぁ・・・ 鮮花のやつ、肩で息してるな?


「10分前」
またしても、銅鑼の音。


最後の一品は、パンプキンパイ。
これだけは絶対にはずせない。

必ず幹也に食べさせて見せる。
一緒に、シナモンスティックを添えた紅茶を忘れずに・・・



最後はデザートっぽいものを・・・と大学芋ならぬ
大学かぼちゃの蜜を煮立てる。ほどよくかぼちゃと
絡んだところで、仕上げに黒ゴマをパラパラパラ。
愛情も一緒にぱらぱらぱら・・・。うっ、これ、絶対に自分のキャラじゃない。

あっ、コラ、つまみ食いするな、秋隆!!


そして、調理終了を告げる銅鑼が鳴った。
だから、誰が叩いてるんだ!?



さしもの大量のかぼちゃも、すべて料理へと化けた。
サイズの割りには、旨いかぼちゃだったのが救いといえば救いだ。

秋隆はかぼちゃに妙な顔を彫りこんで悦に入っている。
いわゆる、ジャック=オ=ランタン というやつか。

しかし、ところ狭しと並んだ、かぼちゃ、かぼちゃ、かぼちゃの料理。
作った自分が言うのもナニだが、誰がこんなに食べるんだ??


「旨い♪」
「おいしゅうございます(涙)」
「式、また腕をあげたね、美味しいよ(はぁと)」

三者三様のほめ言葉が返ってきた。
「・・・くやしいけど、美味しい、認めるわ」
最後のは鮮花のセリフ。

鮮花が作ったスープに口をつける。
「!!」
鮮花はずいぶんと腕を上げたようだ。



「ほぉ、これは・・・見事だ、両儀」はぐはぐ
「パンプキンパイとシナモンティー・・・アザカは誰に食べさせたかったのかな?」もぐもぐ

闖入者、黒と赤の魔術師、「き、貴様らどこから湧いて出たっっ!!」

二人は橙子の方へ訳ありげな視線を投げる。

「うろたえるな、式。今日はハロウィン、
本来はドゥルイド教で、死者の霊があの世から帰ってくる日とされていた。
日本で言うなら、お盆のようなものだな。
荒耶とアルバが化けてでても、別に不思議ではなかろう。」



二人の魔術師の声が重なる。


「それに、ハロウィンといえば、魔女が付き物だ。
魔術師が集ったとして、何の不都合もないじゃないか。くくっ」

「そういうことなので、私もお相伴に預からせてもらっていますよ」 く、玄霧っっ
「久しぶり。料理の腕上げたね。あ、コクトー妹のも美味しいよ」 織?

あぁ、これはお祭りだ。
死者と生者とが集い交わる、年に一度のお祭り。
橙子の奇妙な結界の中でなら何が起きても不思議はない。

キイキイという少々耳障りな音を立てながら、
妖精も部屋の中を飛び回っている。



なんてことっ
部屋の中に妖精が満ちている。

そういったモノが見えない私の眼に、
これ以上ないほど、鮮明に妖精の姿が見える。
小さな女の子が羽根をつけた、いわゆる「妖精」もいれば、
トロールやゴブリンとおぼしき連中まで部屋中を徘徊している。

しかし、それ以上に衝撃的だったのは、織だった。
4年前、黒桐家に押しかけてきて私をショックに陥れた
あの織だ。外見は中性的ではあったけれど、確かにそれは男だった。
私は式も織も嫌いではなかった。
ただ、それが幹也を奪っていく存在でさえなければ・・・



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



荒耶が持参した秘蔵のかぼちゃ焼酎に、
アルバが密造したかぼちゃワイン。
面識はなかったが、僕にちょっとよく似た(自分で言うのだから間違いはない)
玄霧さんが持ち寄ったのは、かぼちゃビール・・・
魔術師たちのアルコールが加わって、場は混乱を極めた。
 
「黒桐、お前ものめ!!」
やばい、すでに橙子さんは眼が据わっていた。
「橙子さん、僕は飲めないですよ・・うぐ、うぐぐぐぅ・・・」
僕の口に無理やり焼酎の壜が突っ込まれた。

僕は記憶はしていないが、後から式に聞いたところ、
「突然すくっと立ったかと思うと、ソファの上に鎮座していた
かぼちゃランタンをいきなり持ち上げ、けらけら笑いながらアルバの頭に被せ」た
らしい。あれくらいの報復は許されるだろうと、式は笑っていたけれど。

気が付くと、僕は式のお気に入りのソファの上で眠っていたわけで、
アルバと秋隆さんとが肩を組んで杯を交わしていたりとか、
荒耶が橙子さんの肩を揉んでいる姿とか、
鮮花が織にお説教しながら、なぜか甲斐甲斐しく料理を勧める姿とか、
心配そうに僕を見つめている式の視線とか・・・・

いつか、橙子さんに聞いたことを朧げに思い出した。
「みんなが幸せに−−−。なんだ、とても簡単なことじゃないですか。」

明日の朝になれば、夜明けと共に饗宴は終わる。

God’s in His heaven,All’s right with the world.
すべて世はこともなし・・・ってね。

〜 Fin.〜  





<<あとがき>>

  ども、アザカスキーのtunaです。
  土壇場で誤ってアルバに一票投じて、動揺しまくりです(苦笑)

  我ながら訳のわからないものを書いてしまいました。
  大量のかぼちゃを前に、途方に暮れている式に、自爆しています^^;)

  かぼちゃの茶碗蒸しって、HP検索すると結構あるんですね。ほとんどが洋風の味付け
  みたいですけど・・・。和風の味付けでほんのりとかぼちゃの甘み・・・をイメージしてます。

  あぁ、私も食べてみたい・・・式と鮮花の作った手料理〜(自爆)  
  (でも、麻婆南瓜とか、かぼちゃの活き造りとか・・・勘弁(笑))

  ※)ジャック=オ=ランタンのかぼちゃは、いわゆる南瓜とは違う種類のかぼちゃですけど、
    ここでは大目にみてやってくださいまし(ぺこり)
 




魔術師の宴TOPへ