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拍手お礼 小ネタ「ある日の騒動」(空の境界SS)

「いい加減にしないか!」
バン!

荒々しく張り上げた声と机を叩く音。
それと引き換えに、文字通り水を打ったような静寂が部屋に満ちた。
伽藍の堂。人形師、蒼崎橙子の工房に満ちていた喧騒は嘘のように引き、
珍しく声を荒げた人物―――黒桐幹也へと視線が集まっていく。

視線の主は、おなじみの女性陣。
つまりは両儀式、黒桐鮮花、蒼崎橙子に、遊びに来ていた浅上藤乃である。
先程まで喧々囂々と言い争いを続けていた彼女たちは、
叱られた子供のような表情を思い思いに浮かべて、それぞれに口を開いた。

「―――で、でも」
「でも、じゃない。鮮花」
なんとか言い訳を試みる鮮花。

「―――だって」
「式も。だってじゃないだろ」
ふて腐れて様に呟く式。

「―――あ、あの……」
「藤乃ちゃんも。ちょっと落ち着きなさい」
わずかに目を潤ませるのは藤乃。

三者三様の態度を少し微笑ましく思いながらも、
黒桐幹也はそれを上回る陰鬱とした感情に溜息をつきながら首を横に振った。

そんな彼の様子に―――、

「いじめか、黒桐」
「誰がいじめてるんですか!
 大体、所長が元凶でしょう!!」
一人酷く愉しげに紫煙を燻らせる橙子に、幹也は吼えた。
……半分、泣き声だったが。

「一体、何を考えてこんなもの作ったんですか!」
「何と言われてもなあ……」
バン!!
怒りの感情もあらわに、震える指先が指し示す先には―――。

『黒桐幹也』の、姿があった。

そう。
それを指差す黒桐幹也と寸分違わない「姿」がそこにある。

つまりは、人形、があった。

「まあ強いて理由を言うなら……なんとなく、かな」
「なんとなく、で人のマネキンを作らないで下さい!!」
彼の憤りに、しかし、橙子は不機嫌に眉をしかめた。

「マネキンとは失礼だな。
 残り物で作ったとはいえ、この蒼崎橙子の作品だぞ。
 そこいらの人形とは訳が違う。せめてダッチワイフといえ」
「―――あのですね」
「ああ、男の人形だから、ダッチハズバンドか。
 それは失言だったな。すまん」
「論点はそこじゃないんです!!」
バンバン!!

かなりのテンションで机を叩きつける黒桐幹也。
普段温厚な彼が、ここまで激することは珍しい。

「黒桐。興奮すると古傷に障る」
「誰が興奮させてると思ってるんですか!」
「無論、私だ」
「ああ、もう……」
平然と答える橙子に、
幹也はがっくりと項垂れつつ、呻くような声で問い掛ける。

「……一応、訊いておきますけど。幾ら使ったんです、これに」
「黒桐。なにごとも直ぐに金銭の問題に帰着させるのは、
 心が豊かとは言えないぞ」
「ええ、ええ、そうでしょう、そうでしょう。
 貧すれば鈍するって言いますからね」
橙子の揶揄に、幹也のこめかみが小さく引きつる。

「そもそも、なんだって、こんなリアルに作るんですか!!
 無駄にリアルに作らないで下さい!
 捨てるに捨てられないじゃないですか!!」
「当たり前だ。
 構成物質は、人体と全く同一なんだからな。
 こんなもの捨てたら死体遺棄と変わらん」
「あのですね―――」
「兄さん」
日頃の鬱憤が吹き出しているのかのような兄の剣幕に、
遠慮がちに、しかし、はっきりとした口調で鮮花が言葉を割り込ませた。

「だから、兄さんが捨てられないのなら、私がもって帰ります」
「だから、そういう発想は止めなさい!」
「―――鮮花。お前、相部屋だろう?
 大体、こんなもの持ち帰って、どうするんだ」
「色々と使い道はありそうだが」
「しばらく所長は黙ってて下さい」

「だから俺が持って帰って始末する」
「始末するのに、わざわざ持って帰る理由を言ってみなさいよ。式」
「……」
「ふむ。まあ、鮮花と同じ理由なんだろう」
「だから所長は黙っててください」

「鮮花も、式さんも。もう先輩を困らせるのは止めましょう」
「む」
「う」
「藤乃ちゃん」

「先輩がお困りのようですから―――私が、ちゃんとお金を出して引き取ります」
「なるほど。それが一番丸く収る解決案だな」
「何がどう解決してるのかが、僕にはわかりません」

「金だったら俺だって払える」
「あ、ずるいわよ、式」
「鮮花にはお金ないですよね」
「……っく、変ったわね。藤乃。こんな所で権力を振りかざすなんて……っ!」
「遠慮していたらダメだって―――そう教えてくれたのはあなたじゃないですか。鮮花」
「……何を教えてるんだ、お前は」
「うるさい、莫迦式」
「麗しい友情という奴だな」
「だから、いい加減、この人形を引き取るとか言う発想は捨てなさい!」

再び始まった喧噪の中、しばらくの間は、幹也の叫びが女の子の耳に届くことはなく。

「だから、兄の死体は身内が引き取るのが当たり前でしょう?」
「普通の死体じゃないんだから、お前に始末は出来ないだろ。
 だから、俺がちゃんと引き取って―――じゃなくて、始末する」
「始末するつもりなんて無い癖に……」
「お前もだろ」
「だから私はちゃんとお金を出して引き取りますから」
「お金に帰着させるのは禁止ー!」

「……あのな、黒桐」
「……なんですか、所長」
「もうニ体つくらないと収拾がつかない気がしてきたんだが、どう考える」
「……泣きますよ」

その夜おそくまで、彼の形の人形を取り合う争いは続いたとか、続かなかったとか。





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